煩いおっさん
「暫く勝手に使わせてくれれば良いだけなんだ!
これだけ頼んでいるのに駄目だと言うのか?!」
私と碧が聖域から帰ってきて藤山家の裏口から入ったら、表の玄関の方で何やら逆上した様な男の叫び声が聞こえた。
何の話なのか知らないけど、頼んでいるような口調じゃあないけどね〜。
しかも『勝手に使わせてくれれば良い』ってなんか不穏な印象だし。
勝手にこちらの目の届かないところで使わせて壊されたり、何か持ち去られたりしそうな気がするのは私の心が汚いからかな?
こう言うタイプに限って見張ると『自分を信用しないのか?!』って怒るくせに、機会があったら『盗まれる様な隙を晒す方が悪い』とか言って役に立ちそうだと思ったら何でもかっぱらって行くんだよね〜。
取り敢えず私は完全に部外者なので、台所の玲子さんの方へ行く碧と別れ、軽くシャワーを浴びて着替える為に2階へ上がった。
神社の境内で何かお祭りか実験か集会でもやりたいってお願いに来たのかな?
でも、だったら図々しい人なら公共の為の宗教団体として当然協力しろと言い出しそうな気がする。
それとも藤山家の蔵にある古い古文書とか符が目的?
それこそ、国にバレれば文化財にされちゃいそうな古くて由緒ある物ばかりなんだから、あれらを勝手に使わせてくれれば良いだけなんて言う戯言はあり得ないか。
だったらお神輿でも借りたいのかな?
色々と想像しながらささっとシャワーを浴び、髪の毛はタオルドライで誤魔化して降りて行ったらまだおっさんが喚いていた。
「何を要求しているの、あれ?」
差し出された麦茶を受け取りながら碧に尋ねる。
「どっかの旧家の分家のおっさんなんだけどね〜。
3、4代前の宮司の従兄弟の姪が嫁入りしたとかなんかそんな感じの遠い遠い薄〜い血の繋がりが無いとも言えなくも無い家なんだけど、聖域で水垢離させろって来てるの」
え、水垢離?
なんかとってもトピックな話題だね。
「時々ああ言うのが来るのよね〜。
今時、別に退魔師に拘る必要なんてないのに。
子供が覚醒しないと自分の面目が潰れたとでも言わんばかりに大声をだしてなりふり構わず騒ぐ馬鹿が時折湧くのよ」
迷惑げに碧ママが言った。
「白龍さまの聖域の事はやはり業界内では有名なのですか?」
確かに、あの水垢離は効果はありそうな気はするよね〜。
うっかり人に話しちゃっても不思議は無いかも。
「まあ、藤山家も古くからある神社だし、それなりに白龍さまも歴史の中で何度か表に出ているけど・・・あの聖域は白龍さまの結界が張ってあるから、一族か白龍さまに認められた人間しか入れないのよ。
流石に何十年も前の従兄弟の姪の嫁入り先の子孫程度じゃあ一族面するのは無理でしょ」
碧が溜め息を吐く。
あれ?
私は雑草刈りにちょくちょく入っているし、水垢離までさせて貰っちゃったけど。
白龍さまの許可を得た例外ってヤツなんだろうけど・・・あのおっさんに知られたら煩そう。
「聖域には白龍さまの結界が張られているので一族の人間以外は入れないと言っているでしょう。
既に忍び込もうとして失敗したのでは?」
碧パパの声が聞こえる。
おんやぁ?
勝手に入ろうとして失敗して、あそこでゴネてるの?
格好悪い〜。
「藤山さんから白龍さまに頼んでくれれば良いじゃないか!
宮司なんだ、そのぐらい出来るだろう!」
なんとも偉そうにおっさんが叫ぶ。
「何様〜?
ちなみに、そんな国にも数カ所しか無い聖域を使う事に対する対価は何か払うって言っているんですか、あの人?」
別に金を払えば良いってもんじゃあないだろうけど、それこそこないだの境界門の探索じゃあないが、神社の建物の防水処理とか参道の石畳とか、メンテが必要な出費はいくらでもあるだろうからそう言うのをやる代わりに暫く使わせてもらえないかって懇願するんだったら白龍さまも考えないでも無いんじゃ無いかね?
「同じ国と民に仕える退魔師なんだから、対価を請求するなんて神の僕として恥ずかしく無いのかって言われたわね〜。
まあ、最初から受け入れる気は無いからこちらは対価の話も持ち出してないけど」
碧ママが冷たく笑いながら教えてくれた。
おやまあ。
勝手に自分から対価の話を持ち出して、請求するなんて宗教組織として卑しいと非難してきたの?
凄いなぁ。
「ああ言う人って神社自体に来れない様に結界を張れないんですか?」
ぎゃあぎゃあ騒がれると煩いし、時間の無駄だろう。
あれだけ大声を出されると2階にいる源之助も落ち着かないんじゃないかね。
「そうねぇ。
結界は無理だけど、あいつの本家の方に苦情を入れようかしら」
にっこり笑いながら碧ママが携帯を取り出した。
うむ。
確かにウチらが展開する結界なんかよりも電話のパワーの方が即効性がありそうだね。