『狙う』と『跳ね返す』の違い
注意点を話した後、色々と心労もあるだろうからと香奈さんに不眠対策用のお守りを渡し、連絡先を交換して我々は帰途についた。
「あ〜。
もしかしたら香奈さんの家って父親の方も古くからある家かも」
携帯で何やら調べていた碧が帰り道にふと言ってきた。
「うん?
知っている家系だった?」
もしかして、呪詛の身代わりの術って先祖代々伝わってきた術だとか?
まあ、血族しか身代わりに使えないとなったら当主とその跡取りにしか伝えない術だろうけどね。
身代わりに使われるスペアな次男や三男とか分家に下手に知られて契約拒否とか契約を持ちかけられる前に逃げるとか、何らかの対策を取られたら困るだろうし。
「裏陰陽師の家系の一つと名前が一緒だった。
ただ、裏の陰陽師は明治維新あたりで話を聞かなくなったらしいから途絶えたのかと思ったんだけど・・・考えてみたら、政府や幕府が表立って後ろ暗い術者を使うのを止めたところで、民間利用は止まる筈がないんだから家や知識は残っていても不思議はないよね」
碧が溜め息を溢した。
裏の陰陽師ねぇ。
幕府とか朝廷の為に呪詛を扱っているような家系だったのかな?
「事業家として成功するのに呪詛とかも使ってきたのかね?」
大量にやっているならどこかに証拠が見つかるかも?
「自分で呪詛を掛ける能力があったら呪詛祓いも出来るんじゃない?
秘技っぽい身代わりの術だけが残って、あとはそれこそ呪師との伝手がある程度なんじゃ無いかな」
碧が肩をグリグリと回しながら答える。
ちょっとあの家は空気が悪かったよねぇ。
まあ、あれだけ呪詛を掛けられているんだ。周囲に微量な穢れが漏れていたんだろう。
「昔からの術って事は既に色々と試行錯誤はしていて、血族以外に身代わりさせるのは無理って事で確定なのかな?
うっかり雇用契約とかに署名したらボスの呪いを身代わりで受ける羽目になったりしたら怖すぎるから、有り難いっちゃあ有り難いね」
これからは電子署名が増えていくだろうけど、それでも会社とかで自分の氏名を書く機会は多いのにその度に変な隠し文言が無いか調べる羽目になっていたら仕事にならないだろう。
「だねぇ。
呪詛返しの転嫁とかはかなり条件がいい加減っぽいのに、何が違うんだろ?」
碧がちょっと首を傾げながら言った。
「う〜ん、呪詛って狙う対象の毛とか爪とか、何か肉体の一部を入手して掛けるじゃない?
だからある意味遺伝子情報というか血肉の情報を元にターゲットへ向けて放つから、ある程度類似性がないと誤魔化せないんだと思う。
呪詛返しはそれこそ投げられたボールをラケットで撃ち返すようなものだから、来た方向に適当に戻しているだけであって大抵は相手をしっかり見極めている訳じゃないでしょ?
だから最初から呪詛の術が戻る方向がずれる様に仕込んでいれば、対象に縛られずに転嫁出来ちゃうんだと思う」
血肉を元に狙って放つ呪詛を、同じ血を共有する親戚を使えば誤導できるって言うのは中々意外な発見だったが・・・考えてみたら出来ても不思議は無い術かも?
そう考えると、前世で身代わりの術が発見されなかった事の方が意外だね。
まあ、前世は魔術師が多かったからねぇ。呪詛から身を守る護符も比較的簡単に入手できたし、ある程度の魔力があれば呪詛を掛けられても効果が出るまで時間が掛かるせいで魔術師に呪詛返しをさせる時間的余裕もあったからなぁ。
呪詛対策がこちらの世界ほど切実では無かったのかも。
「そっかぁ。
確かに誰でも身代わりにできないのはありがたいし、子供を身代わりにする様なロクデナシがこれから呪詛に怯える日々を過ごす様になるならザマアミロってところだけど・・・どのくらい遠い親戚でも出来るのか、気になるね。
・・・と言うか、考えてみたら香奈さんに兄弟とか姉妹が居ないか、確認するの忘れてた!」
碧が慌てて携帯を取り出してチャットアプリを立ち上げた。
確かに!
それに現時点で他に子供がいなくても、新しく作るのは比較的簡単だし。
これ以上子供ができない様に、父親の方から呪詛返しの依頼が来たら受けてちょっと子作りに支障が出る様に条件付けしようかなぁ。
まあでも、多分あの濃厚な殺意マシマシな呪いの方は返されたら呪師の方が死んじゃいそうだし、そうなったら即座に悪霊になって父親の方を襲いに行きそうだからなぁ。
復讐のための納得した死だとしても、今世で誰かが死ぬのに間接的にでも関わるのはちょっと嫌だし、クソッタレな人間に会って使える人間だと認識されるのも危険そうだし。
どうすっかね。
まあ、依頼が来たら考えるか。