どんだけ??
「山本さん・・・?」
呪詛を外し、弱っていたお嬢さん(確か香奈さんだったっけ?)の体調を碧が整えて覚醒させたところ、親の名前では無く先ほどの執事っぽい人の名前を口にしながら目を覚ました。
「こんにちは。
貴女に掛けられていた呪詛を剥がしに来た退魔師の凛と碧よ」
軽い感じに挨拶をする。
「こんにちは?
・・・退魔師?!」
はぁ?!と言う感じに聞き返された。
どうやら呪詛とか退魔師の事は知らないらしい。
「ここのところ具合が悪かったのが、綺麗さっぱり治っているでしょ?
あれって病気だったんじゃなくって呪いだったからなの。
普通の病気だったら意識不明になる程の不調が突然回復したりしないわよ?」
どうしても詐欺とか冗談だと思って信じてくれないなら手でもカッターで切って碧に治させるのも可能だが、出来ればそこまでしないでも自分の不調から呪詛だったと納得して欲しい。
香奈さんがベッドから体を起こし、少し部屋を歩き回ってからこちらを振り向いた。
「どうして呪われたんでしょう?
そんな人に恨まれるような事をした覚えは無いんですが・・・」
ちょっと困惑したように聞かれた。
「貴方に掛かっていた呪詛は香奈さんの父親へ向けた呪いだったようね。
何か、父親を助けてあげるって約束したり、契約を結んだ記憶は無い?」
呪詛の身代わりなんて初めて見たのでどう言う形でやったのか不明だが、呪詛返しの転嫁と似たような感じだとしたらそれなりに何らかの同意が必要な筈。
本人的には呪詛を引き受けるのに合意しているつもりはなくても、全く何の関係も無い呪詛を合意と言う形の繋がり無しに移せない筈だ。
「助ける?
そう言えば以前コンサートに行くのを許してもらう代わりに、お父様が困った時には助けると約束した事はありますが・・・あんな子供の約束事みたいな契約書で呪いが掛かるんですか??」
おいおい。
子供がコンサートに行く許可を出す代わりに命に関わる呪詛を身代わりとして引き受けさせるなんて、酷い。
まあどんな口実を使ったにせよ、未成年の子供に自分への恨みから生じた呪詛を身代わりとして負わせる事自体がクソッタレな行動だから、どう取引したにしても正当化の余地はないけど。
「約束が偶然変な風に機能したんじゃなくって、確信犯的に前もって身代わり用の術が掛かった契約書を準備しておいて香奈さんに署名させた筈だから、信頼できる親族がいるならさっさとその人を頼って逃げる事をお勧めするわね〜。
基本的に何かで助けるとか役に立つなんて言う約束は、口約束でもしない方が無難だと思う」
「大丈夫?
取り敢えず、これは私たちに出されたんだけど、麦茶でもどうかしら」
碧が優しく呆然と佇む香奈さんに麦茶を差し出して椅子の方へ誘導する。
豪邸だからか、部屋には安楽椅子がいくつかあるんでベッドよりもそっちで話し合いをする方が良いね。
「信じがたいとは思うし、物理的な証拠は無いけど、このままだとまた運が悪くなったり、疲れやすくなったり、最終的には命に関わるような高熱が出て意識が朦朧としたりするようになると思うから、自己防衛の為にもこちらの話を信じた方がいいんだけど」
と言うか、信じる気が無かったら出来ることは無いからね〜。
前世でも、家族や友人や婚約者に呪われてるとか命を狙われているって言っても頑なに信じようとしない人って時折いたからねぇ。
殺人未遂事件とかで呼び出されて犯人を見つけ出したのに被害者が信じないとか、たまにあった。
反対に、誰も悪意を持っていないのに周囲の人が自分を殺そうとしているって強硬に主張する被害妄想マシマシな人もいたが。
どっちも何らかの理由で現実を見るのを拒否しているんで、証拠を見せた上に色々と思いつく限りの例やロジックで説明しても、頑なに信じようとしないんだよねぇ。
信じる気が無い人には、何を見せても『自分を騙そうとしてでっち上げたに違いない』と言われてそこでストップしちゃうのだ。
香奈さんはどうだろ?
「・・・父を助けると書いてある書類さえ署名しなければ良いのでしょうか?
母方の祖父母の所に身を寄せるとしても、親権を持つ父の合意なしでは難しいです。
虐待を主張しても、流石に全ての書類に署名しないで縁を切るのは無理でしょう」
暫し考えてから香奈さんが言った。
「あら?
父親が自分を呪詛の身代わりにしようとした事は信じるんだ?」
あっさり過ぎてちょっと意外。
親って普通はもっと信頼してるだろうに。
「母は大切にしてくれましたが・・・父が私の事を将来的に便利に使う予定の駒扱いだったのは、普通の父親っぽい言動をしていても時折感じられましたから。
母が亡くなった際に私へ遺された遺産もあるので、私が死んだら都合が良いと考えても不思議はありません。
母の遺産なんか目じゃ無いぐらい資産がある筈なので態々私を害する必要は無いと思っていましたが、呪詛の身代わりに使ってついでに死んだら一石二鳥だと思った可能性は高いかも」
そっと溜め息を吐いて麦茶に手を伸ばした香奈さんが言った。
おお〜。
便利な身代わりプラス金も入るんだ。
ある意味、今回死なせないで退魔協会へ連絡したのが意外だね。
もしかして呪詛の身代わりって血が近い人間が必要だったりするのかな?
だとしたら使い捨てに出来ないと思っても不思議はない。
「ちなみに香奈さんの父親って近い親族はどのくらい生き残っているの?」
「父以外は体が弱いか運が悪い家系なのか、治療の甲斐も無く病気で亡くなったり、交通事故で亡くなったりで又従兄弟が北海道の方にいると聞いた以外は全員亡くなっていると思います」
マジ?!
もしかして、自分の娘の前に他の親族を使いまくったの??
どんだけ恨みを買ってるのよ?!