煩いのかぁ。
「そう言えば、白龍さまは雨乞いとか氾濫時とかの祈りに応じたことはあるんですか?」
魔法陣の中の色々と分からない単語と、その魔法陣がどんな術を発動するのかタブレットにメモしながらふと白龍さまに尋ねる。
愛し子の願いならそのくらいやるだろうが、どの位愛し子が居たのかも不明だからなぁ。
戦国時代とかに流行りだったらしき人柱とかはあまり白龍さまの好みじゃあないだろうし。
『あの境界門の側の湖で遊んでおったら色々と祈りを捧げてくる人間が増えての。
気が向いたら雨を降らすぐらいはしたことはある。
嵐なんぞは風を楽しんで空にいる事が多くて、愛し子が居る時でないと祈りに気付かんかったが』
白龍さまが教えてくれた。
なるほど。
嵐は白龍さま的にはエンターテイメントなのか。
ちょっとしたサーファー向けのビッグウェーブみたいな感じなのかな?
考えてみたら線状降水帯は雨雲が停滞するのが問題なんだから、あれは嵐って言うよりも大雨って感じなのだろうか?
暴風がつく大雨って日本だったら基本的に台風か、台風が変化した熱帯性低気圧だよね。
線状降水帯は地球温暖化で増えたって話だけど、昔もあったのかね?
でも諏訪盆地だったら諏訪湖からの灌漑がそれなりに出来そうだから、雨乞いよりも氾濫防止の方が需要は切実そう。
愛し子がいたら氾濫しそうな大雨の雨雲を追い払ってくれる神様なんてめっちゃ有り難かっただろうねぇ。
「ちなみに、うちの先祖と知り合ったのはどう云う流れだったんです?」
碧が興味を持ったのか聞いてきた。
おや。
氏神さまとの馴れ初めを聞いてなかったの??
『最初に藤山家の人間を認識したのはあまりにも雨乞いの祈りが煩かったから出てきた時に、笑い話をするから雨を降らせてくれと言われた時じゃの。
今まで、執拗に煩く祈ってきて欲しくもない生贄なんぞ出される事が多かったのに比べて斬新だったから、ちょっと付き合う事にしたんじゃ』
へぇぇ、必死な祈りは届くんだ。
ウザがられるようだけど。
下手をしたら旱魃で餓死する前に苛立った龍に村ごと薙ぎ払われるリスクがありそうだね。
もしかして、人の祈りって蚊の羽音みたいなウザさなのかも?
煩すぎて出てきて、食べる訳でも無い人間の生贄を差し出すから雨を降らせてくれって何様?!って余計に苛立ちそう。
つうか、神族とか龍とかが人間を餌として認識しているなら、別に生贄や人柱を勿体ぶって提供されなくても普通に村を襲撃して食べるよね。
ラノベとか伝説とかだと人間がドラゴンを退治するなんて話はあるが、現実では龍を殺せる人間は存在しないだろう。
前世でも魔法王国として突出した戦闘力を持っていた母国ですら、国中の魔術師を集めれば龍にウザがられて追い払えるかも?と云う程度だったと聞いた。
そう考えると人柱って神様側からしたら意味がない捧げ物だよねぇ。
人間からしたら大切なモノ(同胞の命)を捧げて誠意を見せてますってところなんだろうけど。
まあ実際に人柱に選ばれるのなんて、村の貧乏人とか孤児が多そうな気もするが。
村長とか領主の娘を率先して生贄に出すなんて話はまず無いだろう。
「どんな笑い話だったんです?」
碧が興味深げに尋ねた。
『もう覚えとらんの。
何が面白いのかもイマイチ分からなかったが、一晩相手になって我を楽しませると云う事で合間に交わした普通の会話の方が興味深かったから、取り敢えず願いを聞いて付き合う事にしただけじゃ。
欲しくもない人柱よりも、暇つぶしに楽しみを提供しようと云う心意気が気に入った。
息子も悪く無かったが、直系の子孫はそのうち俗っぽくなって面白みが失せたの』
なるほど。
何が面白いかとか、ユーモアとかって価値観をそれなりに共有していないと共感出来ないよね。
流石に幻獣相手に笑い話で興味を引こうとした研究者は前世でも居なかっただろう。
「ちなみにウチの先祖の方に鞍替えしたのはどう云う流れだったんです?
本家が面白くなくなったって云うのは聞いてますが」
碧が更に尋ねた。
『実は、本家の建てた神社は境界門からあまり近く無かったんじゃよ。
まあ、あまり近くに人間が寄ってくるのはウザかったから結界を張っていたので近寄れなかったと云うのもあるが。
碧の先祖は分家として偶然境界門の側にある村に神社を分社するよう命じられたと言っていたかな。それなりに上手に周囲の人間を動かして争いを避けていたが、戦い自体は嫌いなようでの。
もしもの時の村人の避難場所を探していて境界門の周辺の結界を突き抜けて入ってきたからちょっと話をして気に入ったんじゃ。
あの頃は姿も殆ど見せていなかったから杜自体と疎遠になっていたの。
宗教団体というのはそれなりに利権が強かったからか数が減らなくって祈りもウザかったが、その男はあまり要求も無かったから静かだったし』
なるほど。
祈りもそれなりに魔力の強さと想いの強さで届く範囲が違うのかな?
藤山家は本家の方もそれなりに魔力があってある意味煩かったんだろう。
どうやらあまり真面目に祈らないタイプの碧の先祖はそれが気に入られたのかも?
何とも笑える。
まあ、人の祈りなんてある意味身勝手な要求ばかりなんだから、真面目に祈らない宮司の方が神様にとってはまだマシなのかもねぇ。