考えが甘すぎ。
「異世界転移だ!・・・ですか」
退魔協会の職員がちょっと顔を引き攣らせて女性の言葉を繰り返した。
まだそれなりに若い様なのでラノベを嗜んでいるのか、少なくともその言葉が何を意味するかは分かっているっぽい。
「失礼かも知れませんが、その彰人さんって何歳なんでしたっけ?」
碧が無表情に尋ねる。
「25歳です。
もうそろそろ結婚しようかと言う話が出て来ていて・・・と言うかお祖父様の方からそろそろ腰を落ち着けろと言われたらしく、最後にもう一度だけ夢を探してみたいと色々と神隠し等の情報を調べていました」
女性が答える。
まあ、結婚して妻と子供がいるのに異世界転移を求めて神隠しが起きた地域を歩き回るよりはマシだが・・・まるで大人になれないピーターパンだね。
「ちなみに、人為的に神隠しに遭おうとするよりも先に、退魔師に弟子入りしようとは考えなかったんですか?
大物政治家の孫ならそう言う存在も知っていると思いますが」
と言うか、神隠しが単なる伝承ではなく境界門だと分かっているんだったら退魔師の情報も入手している筈。
それともマジでガキの様に神隠しで異世界転移を実現するつもりだったのかね?
「宗谷彰人氏は何家かに弟子入りを以前打診しましたが、どこからも退魔師になる才能は無いと断られました」
そっと退魔協会の職員が教えてくれた。
才能なしか〜。
だからこそ、ラノベにある様な異世界転移で特殊能力に目覚めるとか、哀れな迷い子に異世界の神様がスキルを付与してくれるとかを期待したのかね。
中学生ならまだしも、25歳にもなって随分と夢見がちなこって。
だけどねぇ。
召喚されたならまだしも、勝手に自分から来た異邦人に変に能力なんぞ付与して世界をかき乱す神様なんて、居ないんじゃないかなぁ。
はっきり言って、争いの種になりそうな異世界人なんぞさっさと熊にでも喰われて死ねって思っていそうな気がするけど。
下手に地球での二千年分ぐらいの優れた哲学者や政治学者の理論や歴史の知識があるせいで、色んな政治体制の長所短所が分かっていると思い理想に燃えて革新的な政治体制を導入しようとして現地社会をしっちゃかめっちゃかにしそう。
それに神による人間社会への干渉も否定しそうだし。
実際に人間社会へ態々干渉するような神は少ないだろうけど、異世界から迷い込んだ人間を助けるような神こそ、普通にその世界の住民も助けようと色々手を出してそうじゃない?
政治家の孫なら政治の難しさを分かっていて早急なアクションは起こさないかもだけど・・・よく分かっていない境界門なんぞを彼女を連れて入ろうなんてする考えなしだから、異世界で後ろ盾なしに社会改革なんぞしようとしてプチっと権力者に殺されそうな気がするな。
言葉が通じなくて、最初に遭遇した現地人に殺されるか奴隷化される可能性が圧倒的に高いだろうけど。
「私は異世界に行こうとしているなんて聞いてなかったので、彰人さんが落ち着いた後に文句を言おうと思ったのですが、半日ぐらいは『ステータス!』とか『メニュー!』とか『システム!』とか『鑑定!』とか『ファイア!』とか色々と叫んでいて・・・やっと落ち着いて座り込んだので何が起きたのか聞いたら、神隠しの噂を聞いて消えたと思われる場所に異世界とのゲートがあるに違いないと思って歩き回ったのだと言われました」
溜め息を吐きながら女性が続ける。
異世界転移だとか退魔師だとか魔術に関して一緒に楽しく騒いで研究していたならまだしも、男性の方だけ夢中で女性は厨二病の子供を見守る様な感じに見ていただけだとしたら、デートのつもりでハイキングに付き合ったら異世界に連れ込まれるなんて恐怖だっただろうね。
異世界なんぞ行けたとしても、女性が安全である可能性はそれ程高くはないだろうし。
体を使えば男よりは生存確率は高いかもだが、安全な日本で経済的にも恵まれた暮らしをしていたのに、突然異世界なんぞに連れて行かれて魔物に食われるのも社会の底辺で娼婦の真似事をする羽目になるのも、絶対に御免だろう。
ある意味、彰人とやらの頭を殴って殺さなかったのが意外かも?
「最初の日は比較的すぐに夜になって、彰人さんが持っていたリュックに入れてあったおにぎりとお茶を食べたんですが、翌日にはそれも無くなってカロリーバーを出されて。
流石に2日目になって何も想定通りに出来ないのに気がついて彰人さんもちょっと青ざめていて、謝ってくれましたが・・・流石に結婚は考え直させて貰いますと言いたかったですね」
女性が溜め息を吐きながら続ける。
「水に関しては幸い近くに泉があったので、彰人さんがリュックに持っていた携帯浄水器を使いましたが3日目にはカロリーバーも殆ど無くなってきて、彰人さんが何か動物を倒すと言って出かけましたが何も捕まえられず、代わりに梨のような実を持って帰って来たんです。
一応自分が先に食べて、明日になっても無事だったら私も食べて、大丈夫そうだったら実を大量に集めて泉から流れ出ている川沿いに降りて行って街を探そうと言われたのですが、実を食べて30分後ぐらいで嘔吐し始めて、暫くしたら下痢も始まってしまって・・・」
そんでもって体内の塩分バランスか何かが崩れて普通の水も上手く吸収できなくなり、4日目の夜には脱水症状で死んだと。
まあ、もしかしたら脱水症状だけでなく実の毒素みたいので体が弱ったって言うのもあるのかも?
しっかし。
水のために浄水器を持っていく知恵があるのに、食べ物はおにぎりとカロリーバーだけだなんて、アホかいな。
大体、動物を捕まえて殺すのって大変なんだよ?
現代日本人が解体の仕方を知っているとも考えにくいんだけど、ちゃんと猟師にでも弟子入りしてそこら辺は予習していたんかね?
アホすぎる。
ある意味そいつが祖父とやらの跡を継いで大物政治家にならなかったのは日本の為だったかも知れない。
可哀想ではあるけど。
でも、アホすぎ。