信仰の証・・・?
いつの間にか設置されていた大型テントに連れて行かれた我々に、お茶が出されて『追加依頼』の話が出てきた。
「白龍さまに何か願い事をしたいのでしたら直接どうぞ。
白龍さま、少し宜しいでしょうか?」
グダグダとまわりくどく話す職員を遮って碧が声を出した。
『うむ、なんじゃ?』
碧の呼び掛けに、白龍さまが徐に姿を現す。
いつも碧の側にいるみたいなんだけどね〜。
とは言え、人間より遥かに格上の存在。
本龍がその気にならなければ、どれだけ私が眼を凝らしても普段は姿が見えない。
「あ、いや、その・・・」
職員が慌てておたおたと意味にならない言葉を紡ぐ。
「境界門の向こうへなど、私でも行けませんから。
となると、私への依頼では無く、白龍さまへの懇願となりますよね?
氏神さまへの願い事をするなら、何を対価にするかはよく話し合って提案して下さい」
碧がにっこりと言い渡した。
難しいよね〜。
それこそ昔だったら神様に雨乞いするとか疫病祓いを願う時なんて、人柱をたてた時代だってあるんだし。
まあ、あれは氏神さまサイドにとっては大して嬉しく無い対価だったかもだけど。
ワンチャン祟り神系だったら仇の子孫の血だったら喜んだ可能性もあるけど、龍とかの幻獣系だったら人間なんぞ一人や二人では物理的にも魔素的にも何の腹の足しにもならんでしょ。
『ふむ。
お主とその子孫5代の真摯な信仰でも良いぞ?』
白龍さまが真面目そうな声音で提案した。
ぐっ。
思わず吹き出しそうになるのを必死に押し留める為に息を止めた。
地元の氏子さんたちでさえ実はペット程度の認識なのに、退魔協会の職員の信仰なんて絶対に欲しくもないでしょ。
でもまあ、中々ハードルの高い交渉の第一歩としては良いかも?
「あ、いや、その、うちは日蓮宗なので・・・」
何やら職員が困ったようにモゴモゴ言う。
だよねぇ。
今まで散々その神力を示されてきた相手に『信仰します』なんて嘘を言ったら怖すぎるけど、今の日本で真摯な信仰心なんぞ持ち合わせてる人なんて殆ど居ないんじゃない?
少なくとも退魔協会の職員には無理そう。
『ふむ。
まあ、無理は言わんが。
ちなみに、対価を決めてこの境界門を超えて行ったとしても、迷った人間が生きて見つかる可能性はほぼ皆無じゃぞ?』
白龍さまが忠告する
「え?!
そんな過酷な環境なのですか?!」
職員が驚いた様に聞き返す。
「ちなみに、行方不明者の中に自然の中でのサバイバルが得意な人とか、ソロキャン予定で食糧と水を大量に所持していた人でもいたんですか?
そうでなければ、例え肉食獣や現地人に襲われなくても4日以上過ぎているんですから生存確率はかなり低いですよね?」
碧が指摘する。
天災時や山での遭難なんかでも、72時間を超えると生存率が激減するって言うよね。
「特にキャンプ装備を持って行方不明になった人がいるとは聞いていませんね」
退魔協会の職員が手元のタブレットを確認しながら答える。
「それに周囲に動物がいない状況ならばまだしも、そうでなければ現地の動物や人間と紛れ込んだ日本人を遠距離で見分ける事は白龍さまでも出来ませんので、境界門を超えてすぐのところに居ない限り、生きていても探しようがありませんよ?」
碧が指摘する。
つまり、境界門を超えてすぐのところで倒れていない限り、生きていようがいまいが、回収は実質不可能。
「ちなみに、通常は神隠しが起きて境界門が見つかった際にはどう対応するんですか?
日本の歴史の中では氏神さまの愛し子がいる時期の方が少ないと思いますが」
ちょっと興味を感じたので職員に尋ねてみる。
「家族の方が戻れない可能性をはっきり理解した上で境界門を超えて行きたいと仰る場合は止めませんが、それ以外の人間がうっかり境界門を越えない様に立ち入り禁止にして封鎖しますね」
『今回もそれで良いのでは無いか?
どうせ幸せな結末はほぼ不可能なのじゃ。
無駄な努力をしても意味はないだろうに』
あっさりと白龍さまが言った。
だよねぇ。
碧が居なかったらやらない様な事を、無理にやる必要は無いんじゃない?
偶々死体が見つかったとしてもそれを持ち帰ったところで遺族に感謝されるか怪しいし、下手をしたら『もっと早く行ってくれたら助かったのに』と逆恨みされる可能性だってある。
まあ、碧相手に逆恨みで何かしようとしたら天罰デフェンスを喰らうだけだが。
「ですが・・・」
ウダウダと職員が躊躇する。
もしかして、行方不明者の家族にいらん事を吹き込んじゃったんかね?
『遺体なり遺品の持ち帰りが出来ぬか、見に行くだけで良いならば覗いてきても良いが。
そうだの、信仰心の証として・・・我の鳥居の修繕で許そう』
白龍さまが言った。
おや。
そっか、修繕って建物だけじゃなくってあの大きな鳥居とかも必要なのか。
確かに高くつきそうだから、寄付がわりにやってもらったら碧パパも助かりそう?