時の流れは意外に早いよね
「どうもありがとうございました」
4日後に、青木氏がお礼にと有名なパティシエ店のケーキ盛り合わせを持ってウチに来た。
元々は5日ぐらい意識不明で昏睡状態にしてはどうかと話していたのだが、病気や怪我の症状がないのにそんなに長期間意識が無いと他の干渉を怪しまれるかもと言う事で、昏睡状態は3日になった。
そして4日目の朝に問題なく無事に甥御さんが目覚めたとの報告がてらケーキを持ってきたって訳。初日に電話でお礼は言われていたけど、やっぱ現物は大事だよね〜。
逆回復や回復師による昏睡状態なんてそう簡単には分からないが、他の回復師が診たら分かるかもと言う事で、リスクは避けたのだ。
一般人の緊急搬送で回復師が対応することはほぼあり得ないとの事だったが、担当医の個人的な伝手で非公式に診察する可能性はゼロでは無いらしいからね。
「ちなみに検査結果は何が見つかった?」
碧が興味深げに尋ねる。
「重症一歩手前の胃潰瘍、栄養失調と疲労が原因と思われる不整脈、そして全般的に体がボロボロだと言われましたね。
女医者に『このまま働き方を変えないなら1年もしないうちに死ぬだろうから、どうせなら自分と結婚して生命保険に入らない?』と言われて、甥も頼られていようがなんだろうが、このまま続けるのは自殺行為だと認識できたようです。
会社の上層部としっかり話し合い、どうしようもないようなら仕事を辞めると言っているので何とかなる・・・と期待しています」
青木氏が教えてくれた。
へぇぇ。
良かったね。
でも。
問答無用で辞表を叩きつけるならまだしも、ブラックになった原因のトップもしくはブラックになっていくのを手をこまねいて傍観していた上層部相手に『話し合い』をしても、説得されて元の木阿弥になるんじゃないかねぇ?
今回の事故で洗脳状態から目が覚めたんだったら良いけど、また元に戻らないと祈っていまっせ。
「そう言えば、あの階段で転ばさせる役の人って何者なんですか?
やたらと凄腕でしたが」
帰ってから碧パパに電話して尋ねてみたが、妖ハンター協会とか魔物ハンターなんていう集団や職業はないとの事。
まあ、こんだけ魔素が薄かったら魔物は以前の鎌鼬やフェンリルの子孫みたいに生存すら厳しいとは思うから、それを狩る職業が現代日本にあるとは思わなかったけど・・・あの身のこなしは絶対にただのゴロツキじゃあないだろう。
「ああ、彼は民間のボディガードをやっているプロです。
祖先は忍者だったとか古武道を伝える道場の一族だとか色々と噂はありますが、本人は何も言わないので不明です。どちらにせよ、腕は超一流ですから時折物理的な無力化が必要な場合にお願いしています」
青木氏が教えてくれた。
「ボディガード??
日本にも居るんですか」
アメリカとかだったら以前見た副大統領の家族についてまわっていたイヤホンマイク(だっけ?)を耳にぶら下げてた連中がSPだったと思うけど、日本って警察にごく少数いるだけって印象でボディガードなんてほぼ存在しない職業なのかと思っていた。
「日本のSPは数が少ない上に危機感が薄いし、威嚇による警備がメインなので・・・戦闘能力に関しては民間のプロの方が警察のSPよりも確実に上ですよ」
青木氏が教えてくれた。
へぇぇ。
まあ、暴力団だって存在するのだ。
民間企業でそう言う組織と対立したところとか、海外のヤバい国に行くことが多い大企業のトップとかは信頼できる腕利きが必要か。
そんなのに伝手がある青木氏って何なの〜と言う気がするけど。
しかもそんなのに伝手があるのに甥御さんの状況をなんとかできなかったのも不思議だ。
「そんな人にまで伝手があるなら、さっさと手を回して甥御さんの会社のトップを失脚させれば良かったのに」
碧が突っ込みを入れた。
「就職してからは半年に一度程度の頻度で会っていた甥だったんですが、去年のお盆ではどうしてもプロジェクトが山場だからと断られ、年始には風邪でドタキャンと言った感じで時間が開いて・・・気がついた時には悠長に手を回していたら甥が過労死しそうだったんで、ちょっと緊急手段を取ったんです。
本当に、どうもありがとうございました」
青木氏が再度頭を下げた。
確かに、成人した親戚なんて用がないとそこまで定期的には会わないか。
子供がいるなら親に孫を会わせる為に来た際に顔を出すって言うのはあるかもだけど、そうじゃないと無理には会わないよねぇ。
私だって兄貴が実家に戻って来なかったらわざわざ会おうとは思わないし、タイミングが合わなきゃ兄貴が実家に来たからって顔を出さなくても不思議は無い。
そう考えると、兄貴が年末に憑かれていた時にちゃんと顔を合わせた事で除霊出来たのは中々幸運だった。
死んだら悲しい家族には、意識して定期的に会うようにした方が良いかもなぁ。