実行日
「軽い呪いで働けなくすればって言う話が出て来なかったのはちょっと意外かも?」
青木氏が出て行った後に、碧が呟いた。
確かに魔術が表立って使われていない世界にしては、現世でも意外と呪詛が登場する。
退魔師の仕事も呪詛返しの方が悪霊祓いより多いぐらいかも知れない。
まあ悪霊も呪詛と本質的には似たり寄ったりだが。
青木氏だって見たことはそれなりにあるだろうし、伝手を使えば比較的まともな呪師に繋ぎを取る事だって可能だろう。
「呪詛は魂を穢すからねぇ。
例え善意に基づいた行動でも、呪詛に関わるとカルマに悪影響があると思うから、物理的なり化学的なりな対応策があるうちは、手を出さない方が良いでしょ」
青木氏もそこら辺を感じているみたいだね。
それなりに長い不動産屋人生の間に、呪詛に絡んで失敗した人も見てきたのかな?
「凛だってニキビの実験では呪詛使ってたじゃん?」
碧が指摘した。
「そうだけど〜。
流石にニキビ一個、数分程度の有効時間だったら教室で誰かに悪戯で消しゴムを1回投げるのと同程度だと思うから、大丈夫でしょ。
だけど誰かを意識不明にして最低でも数日寝込ませるような呪詛はもっと本格的だし、被害者側も意識不明で寝ていても休まらないから」
碧に昏睡状態にされたならしっかり質のいい睡眠を取ったような状態になると思うが、呪詛で昏睡状態になると呪師の方に生命力を吸われて衰弱するせいで意識が醒めない状態なので、ただでさえブラック企業での過酷な労働環境で疲れ果てているのに更に体力が枯渇してヤバいだろう。
「まあ、違法行為に安易に手を出すとそのうち目的の為になら手段を選ばなくなるから、自分の命がかかる場合以外はダメだよって親父も言っていたしね。
そっと階段から落とす程度だったらまだ大丈夫だと期待しておこう」
碧が肩を竦めつつ言った。
「考えてみたら、誰かを階段から突き落とすのも違法行為か。
なんか最近オンライン小説でよく見かける悪役令嬢ものに階段から突き落とす自作自演の話が多すぎて、感覚が鈍ってきてたわ」
ちょっと気分転換とかにオンラインの無料小説を読むのだが、なんかここ暫く妙に似たようなザマァ系の乙女ゲー短編が多いんだよねぇ。
あっさり読み終われるから気分転換には良いんだけど、最初にサイトを読み始めた中学の頃はもう少し長編の話が多かったのに、最近は短編の悪役令嬢ものがやたらと多くなって少し洗脳状態だったようだ。
昔は昔でハーレムとかチートのやたらとご都合主義な転生とか転移の話が多かったが。
でも少なくともあれらはそれなりに長さがあったのに、最近はランキング上位に出てくる話って短めのが凄く多くなった。
コスパだけでなく時間効率を重視する人がすごく増えたとか何とか論じている記事を何処かで見たが、長編がランキングから駆逐されつつあるのもそのせいなのかね?
◆◆◆◆
「軽く階段で転ぶ程度で良いんですよね?」
改札に入りながら青木氏が碧に再確認する。
これで聞かれるの3回目なんだけど。
そこまで神経質にならなくても良いだろうに。
極端に長い階段じゃあないし、一番上ではなく半ばぐらいで青木氏の知り合いが行動を起こすらしいから、この高さで階段から転げ落ちても死ぬ方が難しいだろう、
と言うか、階段で躓くのなんてよくある話じゃん。
そう簡単に大怪我にはならないんじゃないかね?
まあ、今回は体勢を崩した際に頭を打った事にして問答無用で意識不明にさせるんだけどさ。
「大丈夫。
それこそ首をチョンパでもしない限り、人間ってそう簡単に救えないほど死なないですから。
と言うか、呼吸と心臓が止まっても数分程度なら死んでないんだから、うっかり首を刎ねない限り絶対に大丈夫」
碧が自信満々に応じた。
今日は、青木氏がどうしても会って話したいと甥御さんに連絡をとり、忙しいと渋る相手を説き伏せて会社の後に彼のアパートの最寄り駅で会って軽くお茶をする事になっている。
プラットフォームの構造だと甥御さんが確実にここで階段を降りる事になるとのことで、そこを青木氏の知り合いがさりげなく階段から突き落とす流れになっている。
碧は偶然青木氏と話していてそこに居た善意の第三者。
青木氏は甥に会いに駅に来て、偶然アクシデントの現場を目撃して慌てて救急車を呼ぶ役割だ。
私は、碧の顔を誰かがはっきり見たり携帯で写したりされない様に認識阻害の結界を緩く張る事になっている。
青木氏曰く、構内で工事をしているせいでちょうど階段の下半分は監視カメラの範囲外らしい。
何だって街の不動産屋がそんな事を知っているのか、非常に不思議だが。
そう言う情報まで手に入れられるなら甥御さんの会社も潰せそうなものなのに。なんだって手をこまねいているんかね?
ちょっと不思議だ。