物理的解決策
「そんなヤバそうな労働環境の会社だったら、どこか・・・労働監督局とかにでも通報したら良いのでは?」
思わず口を挟む。
はっきり言って、不治の病って言うならまだしも他人の労働環境に碧が関与する必要性は無いだろうに。
「労働基準監督署は、本人からの訴えでなければ余程一つの企業に多数の家族からの相談が重複する事が発覚でもしない限り、動きません。
『相談』には乗ってくれますが、本人が動かない状況じゃあそれだけではほぼ意味がないんです。
しかも甥の勤務先は一応残業代も払ってはいるので、残業代未払いという分かりやすい労働基準法違反もありませんし。
残業代を規定通り払っている限り、長時間労働をさせるだけでは精々『指導』が入る程度だそうで。
相談したところ、残業代が払われていると言った時点で『出来ることは実質ほぼ無い』と暗に言われました」
溜め息を吐きながら青木氏が言った。
へぇぇ。
過労死する様な労働環境でもほぼ何もしてくれないんだ??
単に労災判定が降りやすいってだけなのかな。
誰かが死ねば週刊誌とかが書き立てて、経営陣が改善策を講じますって記者会見するんだろうけど。
死ぬ前じゃあねぇ。
『上に交渉して、改善されないなら辞めれば良いじゃん』で誰も動いてくれないのだろう。
でも、だったら転職とか辞職した人間の再就職がやりやすい環境にして欲しいもんだね。
まずは国が転職しない事を実質推奨している、退職金の所得控除制度を変えたらどうかね?
以前、親戚の女性が転職した時に文句をブーブー言っていた。
あれもまだ変わってないんでしょ?
働き方改革とか言っている割に動きが遅いよねぇ。
政治家にとってはサラリーマンの働き方なんて他人事なんだろうなぁと言うのがよく分かる。
「帰宅してから出社までの間に何時間空けなきゃいけないって言う様な規定が出来たって話じゃなかったんでしたっけ?」
雑誌か新聞か何かで読んだ気がするが。
「勤務間インターバル制度は『推奨』ですし、政府ですら導入企業15%を目標なんてレベルの低い話をしている程度ですよ。
トラックの運転手とかだったら休憩に関する法則はありますが、事務所で働くような職業にはそんな規定もありません」
溜め息を吐きながら青木氏が教えてくれた。
そっかぁ。
そう言えば、若い勤務医とかって夜勤やらなんやからで2日ぐらい連続で働き続ける事もちょくちょくあるみたいな事を聞いた気がする。
そんなんじゃあ患者の話もまともに聞く注意力も無いだろうなぁと思ったものだが、長時間労働なんぞしても効率が悪いだろうに何だって日本の経営者は根性論で済まそうとするんだろうね?
「もう、会社の帰りに階段でつまづいて転ぶようにでも仕向けて昏睡状態にして、一週間ぐらい寝させておいたらどうですか?
ただの病気よりもその位ヤバげな状況の方が、本人も人生をしっかり見直すのでは?
階段から落ちた際に死なないように側に居て、落下後に昏睡状態にするぐらいの協力ならしてもいいですよ?」
碧が妥協案を提示した。
睡眠薬や病気よりも怪我の方が良いらしい。
それに会社の帰り道で怪我をして入院だったら会社もクビに出来ないしね。
起きない理由が疲労が原因だって医者が判定したら、上手くいけば労災が出るかもだし。
もっとも、死ぬんじゃないかと青木氏が心配する程長時間労働していて残業代も出ているなら金には困っていないかもだが。
つうか、金に困っていないし、それなりに顔が広くて再就職に手を貸してくれそうな親戚がいるのにブラックな職場から抜け出せないって、甥御さんの方の精神的な問題じゃない?
入院するだけで本当に心を入れ替えるのかね?
とは言えここで私が思考誘導しようかなんて言い出したら、話が漏れた時に私の人生が破滅しかねないから絶対に提案するつもりは無いが。
「怪我が一番ですか?」
溜め息を吐きながら青木氏が弱々しく聞き返してきた。
痛い目に合わせずに、本人にも原因を知らせずに入院だけさせたいなんて虫が良すぎる要求だよ〜。
碧の反則的な能力なら可能だろうけど、碧の方に甘えて寄りかかられる謂れはない。
「病気って言うのは逆回復で齎すと色々とバランスが崩れて危険だと先祖の資料にもあるので。
死んでも良いぐらい憎い相手の足止めって言うんじゃない限り、安易に使わない方が良いらしいですよ?
物理的な怪我は分かりやすいし治しやすいんで、こっちの方がお勧めですね」
碧があっさり答えた。
睡眠導入剤からの長期睡眠って言うのは先祖様の資料にないんだろうね。
昔だったら意識が戻らずに飲まず食わずじゃあ数日で衰弱死していただろう。
今みたいに胃瘻チューブや点滴で意識がない人間を生かし続ける技術が出来てからの白魔術での対処記録はあまり碧の家にはないんだろうなぁ。
政府とか大型医療機関とかには色々実験記録がありそうだけど、個人でやるような検証では無い。
「・・・ちょっと知り合いの伝手を探します」
どうやら青木氏も心を決めたようだ。