意外と良い人?
「お、病気持ち!」
ずべっと肘をついてコーヒーを飲んでいた碧が急に体を起こして言った。
呪いと穢れ持ちの客が来た後はまた2日ほど何もない退屈な観察に戻っていたのだが、どうやらやっと逆回復疑惑にも終止符を打てそうだ。
「おお〜。
これで病院に行けって言ったらもう未来見でしょうってことで依頼終了になるかな?」
つうか、全然呪いも逆回復も掛けようとしていないから、ほぼ間違いなく未来見だと思うんだけどね。
「結論が出てても報酬は出るから、現状報告して『終了しても良いか』って尋ねる程度かな?
確認の為に経過観測しろって言われたら契約範囲内だから断れないし」
碧が肩を竦めながら言う。
確かに護國神社なんて格の高い神社に押し込もうとしている人間が万が一でも詐欺師だったら困るからね。
二週間きっかり監視させる意義はあるかも?
普通の監視員だったら呪いや逆回復を掛けたのか、単に問題を指摘しただけなのか分からないだろうし。
だけど、午後から夜までずっと特に何もせずに喫茶店に座っているのって中々苦痛なんだよねぇ。
見張り担当じゃない時にやる用のゲームとか電子書籍とか大学のレポート用の資料とか持ってきているけど、喫茶店の椅子ってそこまで座り心地が良い訳じゃないから毎日8時間座っているのはかなり辛い。
幸い、喫茶店の方には依頼主側から話をつけてくれてあるから何をオーダーしてもOKだしずっと居座ってても嫌な目で見られないけど、いい加減ね〜。
どっかの仮眠室でも借りられないかなぁ。
ハネナガ経由で耳を傾けていたら、客がいつもの愚痴っぽい話を占い師にしている。
どの客も愚痴や不満が多いんだよねぇ。
まあ、幸せ一杯とか希望に溢れている人は占い師のところになんぞ行かないんかな?
そう言う人間はせいぜい雑誌の『今日の運勢』コーナーを見てラッキーカラーを参考にする程度なのだろう。
一週間近く見てきたが、楽観的な事を言う客は一度も目撃していない。
見た目はそれなりにお洒落な美人系から落ちぶれておっさん系まで色々来てるけど。
もっとも、お洒落な人よりは『地味』とか『薄汚れた』系の方が圧倒的に多い。
考えてみたら元気一杯なキャピキャピ系の女子高生は来てないな。
女子高生も占いが好きそうだけど、この占い師とはニーズが一致しないのかな?
ハネナガを通して見張っていると、グチグチと体調の悪さと家族の理解の無さを訴える客に占い師が漠然とした助言を返しているが、最後に立ち上がりそうなところで病気に関して言及した。
『以前来ていたお客様で、私の助言に従って病院で検査をしたら大腸癌だった方と同じ様な兆候が視えます。
佐藤さんも手遅れになる前に一度大腸癌の検査を受けに行ってはどうでしょう?
今だったらまだ手術と数日の入院でほぼ問題なく回復できそうですが、遅れた場合は生活の質が大きく損なわれることになるかも知れません』
碧を見たら、親指を上げている。
どうやら正解らしい。
『大腸・・・癌ですか?』
客が気後れした様に聞き返す。
そう言えば、健康診断とかで検便に異常があって再検査するよう言われても、実際にやる人って意外と少ないと以前テレビで言っていたな。
勝手に『大した事ない』と判断するらしいが、理由は癌だと知るのが怖いからでは無いかと解説者のおっさんが言っていた。
そう考えると『大腸癌なのでは』ってズバッと言っちゃダメかも??
『占いは完璧ではありません。
私が見間違えている可能性もあります。
でも、佐藤さんもお腹の不具合を経験しているのですから・・・症状を軽減する薬を出してもらう為にも取り敢えず検査を受けてみてはどうでしょう?
私の予見では、今だったらまだ完治できると視えています。
検査に行って何も問題がなかったなら、検査代の弁償代わりに今回の占い代をお返ししますから是非行ってみて下さい』
何やら意外な程に真摯に占い師が客を説得しようと言い募っている。
マッチポンプ紛いの詐欺師だと思って監視していたから、薄っぺらい漠然とした事だけ言って金を取るロクデナシって印象を持っていたんだけど・・・意外と良い人っぽい??
未来見なんて能力があって、株取引や宝くじで儲けるのでなく占い師なんて怪しげな商売を態々やっているのって、自分の能力で人を助けたいと思っているからなのかも。
まあ、株取引に向いた方向で未来が視えないだけなのかも知れないけど。
どちらにせよ、本物らしいのはほぼ確定かな。
あとは、依頼主が一応の確認の為ってことで二週間フルに見張れと言うかだね〜。