対価と躯体
「殺人現場に魔法陣が描かれていることなんてどのくらいあるんかな?」
田端氏との電話が終わり、カレーを食べながら思わず呟く。
前世だったら魔法陣は基本的に本物だったが、漫画のコピーとかが混じりそうな現世だと中々警察も扱いに困りそう。
「変な研究している狂人もいるだろうけど、狂人の暴走だって見せかけるための偽装は更に多そうだよね〜」
碧が麦茶のお代わりをコップに注ぎながら返す。
確かに殺人事件って遺産を相続する家族か、昇進が有利になる職場関係の人間とかが真っ先に疑われそうだもんねぇ。
安易に疑われて冤罪される事もあるみたいで怖いが。
キチガイの凶行だと思われれば家族とか言ったステレオタイプな容疑者候補への調査がおざなりになる可能性もあるとなったら、適当にネットでそれっぽい魔法陣を見つけ出して床に描く犯人も多そうだ。
「考えてみたら本物の魔法陣が流出した場合、魔力が正しく込められていなくて実効性は無くても紋様そのものは正しい魔法陣になるから、今回の解析プログラムがあっても実は役に立たない場合も多そうだね」
しかも適当に描き出した魔法陣の上で人を殺して偶然魔法陣が起動したりしたら目も当てられないな。
変な魔法陣が描いてあるところに誰かを連れ込んだら怪しまれて抵抗される可能性が高そうだから、殺してから魔法陣の場所に持っていく事の方が多いと期待しよう。
・・・でも、血痕の飛び方とかでそこが殺人現場かどうかとか分かるらしいから、衝動的にやっちゃった殺人じゃない場合は薬とかで眠らせた被害者を連れ込んでそこで殺すなんて事もありそう。
幸いと言ってはなんだが、死霊術の魔法陣ってかなり複雑だし、偶然起動することはあまりない・・・と思いたい。
「考えてみたら、魔法陣の解読プログラムってなんて書いてあるかを解読できるとしても、それがちゃんと機能するかどうかとかは分からないんじゃないかな?」
ふと碧が首を傾げる。
確かに。
「・・・少なくとも、出鱈目にそれっぽい模様が描かれている場合が分かるだけでも一歩前進ってとこじゃない?
文言と紋様がちゃんと魔法陣を機能させるかはやってみなきゃ分からない事も多いし」
つうか、西田事件の様に起動するけど制御部分がないなんて言う間抜けな魔法陣でも、起動はしちゃうのだ。
実質ほぼ命令できない形だったから、最終的には飢えて周囲を襲いかかるゾンビが出来上がるだけだったけど。
「そうなの?」
碧が目を丸くして聞き返す。
「全然ダメダメな魔法陣ってエネルギーが全く流れようとしないからそれで分かるけど、それなりにエネルギーが通りそうでもちゃんと引き起こす現象や対価が定義されてなかったりで上手く機能しない魔法陣は多いからね。
微妙そうな魔法陣は実際に動かして試すのが一番早いんだけど、それなりに安全対策を講じておかないと危険なんだよねぇ」
死霊術は露骨に命を使うが、元素系の魔法陣は命を使わないにしても魔力を溜め込んだり暴発させたりで危険な現象を引き起こす事もある。
まあ、元素系の魔法陣はその適性がある人間にしか作れないけどね。
その点、命を使う呪詛とか死霊術は生きていれば命を対価に出来ちゃうから、犠牲を許容すれば誰でも出来ちゃうんだよねぇ。
マジで困ったもんだ。
◆◆◆◆
「どれが良い?」
縫いぐるみ型ストラップ、シロちゃんと色違いな縫いぐるみ、直径10センチ弱のミニタイヤみたいなオモチャ。
それらを黒耳の前に並べた。
『これが良いワン』
黒耳が聖域の石ごとミニタイヤの上にふわりと乗る。
タイヤを躯体に選ぶとは、ちょっと想定外だった。
単にオモチャの一つとして半分冗談で出したんだけど。
「マジ??
まあ、別に良いけど。
ちなみに昨日までそんな話し方してなかったのに、なんで『ワン』を語尾につける様になったの?」
黒耳の憑いた石をミニタイヤに嵌め込みながら朝から気になった事を尋ねる。
『クルミ先輩から、犬の霊ならワンを語尾につけるのが正しいって教わったワン!』
元気に黒耳が答える。
「クルミ〜。
あんたの偏見をさも常識であるかの様に新入りに教え込まないでよ〜」
群れる動物なせいか、黒耳はウチに来て仲間と一緒に遊びまわっている間にすっかり殺されたことも忘れたように元気になっていた。
意外にも、孤高志向の高い猫の霊な筈のクルミが先輩風を吹かせてかなり熱心に黒耳を構っている。
仲が良いのはありがたいが、変な事を吹き込まないで欲しい。
シロちゃんはお爺さん犬だし死んだのもそれなりに前だから先輩面が出来なかったんだろうなぁ。
源之助はそれなりに子供だけど実体があるしクルミの躯体より大きいから、正面切って何か出来るわけでもないしね。
鼠のチュー助は子分以下だったらしいね。
黒耳は生きた年数も死んでからの年数も短いからか、すっかり子分扱いな様だ。
もしかして、だから黒耳に程よく小さいサイズの躯体を薦めたのかな?
クルミはサイズをそれ程気にしていないっぽいけど。
「まあ、源之助と追いかけっこするのに向いた躯体で良いんじゃない?」
小さく笑いながら碧がコメントした。
「確かに。じゃあ黒耳は適当に遊んでて。
慣れて落ち着いてきたら隠密型の躯体も考えよう」
『分かったワン!』
気まぐれな猫のクルミよりも見張りとかは向いているかもだし。
暫くはほのぼのと遊べると良いなぁ。