無事終了
「これで大丈夫そうですか?」
碧がホテルの地下室を浄化するのを見ていたら、横から田端氏が声を掛けてきた。
「ここは時限式な鼠とかのケージが無かったので、別の方法で大量に人を殺す手配がされているだろうから『大丈夫』と言うのは語弊あるけど、少なくともここからゾンビが皇居へ攻め込む事は無いでしょう」
それなりの人数を殺す予定だったみたいなのでその装置を見つけて無効化するなり、襲撃者を撃退するなりしないと大問題なのは変わらない。
「そちらは警察と公安の方で何とかします。
ちなみに、一応他の場所にも死霊術が仕込まれていた場合に備えて今晩はこの近辺に泊まって貰えますかね?」
浄化を終えてペットボトルのお茶を飲みながら戻ってきた碧と私に田端氏が提案する。
「まあ、ホテル代を出してくれるなら良いけど・・・出来ればここじゃ無い方が安心かなぁ」
碧が苦笑しながら応じる。
皇居へのゾンビアタックが嫌がらせのクライマックスだとしたら他所にも何かあってもおかしくはないし、後から夜中にゾンビ対応要員として呼び出されるぐらいだったら近くのショップで適当に着替えを買って皇居近辺のホテルに泊まる方が楽だ。
源之助に関してはシロちゃんと炎華に任せれば大丈夫だろう。
一泊二日程度なら極端に問題はないし。
留守にすると帰ったら凄く寂しかったアピールをするんだけど、居ない間は基本的に寝てるだけで全然気にしてる様子がないんだよねぇ、彼。
留守の時間が長引くともっと寂しさからウロウロし始めたりするのか、ちょっと興味があるのだがシュレーディンガーの猫じゃ無いけど、やってみなきゃ分からないので・・・永遠の謎かな。
それはさておき。下手をしたら爆弾とか毒ガスとかが仕掛けられているホテルに泊まるのは遠慮したい。
お風呂入っている時に避難ベルとかが鳴ったら最悪だ。
「それは勿論」
◆◆◆◆
「疲れたぁ〜」
田端氏が手配した高級ホテルのツインルームに案内され、部屋の使い方を説明してくれたボーイさんが出ていったところで、碧が応接スペースにあるソファに身を投げ出した。
「だね〜。
肉体的には歩き回っただけだけど、自分が知らないタイムリミットがあるかもと思うと何ともギシギシと圧力を掛けられてるような感じで、気疲れした〜」
現実的な話として私と碧(と白龍さま)がいればゾンビなんぞ目じゃ無いのだが、やっぱ失敗したら他の人が多数殺されるかもと思うとプッレッシャーだ。
前世だったら戦争や殺し合いに慣れたベテラン魔術師が沢山いたから、非常事態でも全ての責任がのし掛かってくるなんて事は無かったからなぁ。
まあ、別に現世だって田端氏も退魔協会もうちらに全てを任せている訳じゃあないんだけど。
でもイマイチ現世の治安部隊とか魔術師組織の超常的攻撃への対応能力に不安があるからねぇ。
「それこそ近代武器が発達する前の昔だったら退魔師とか陰陽師の戦いとか襲撃とかってあっただろうに。なんかこう、不思議と現代の警察とか退魔協会って今回みたいなケースにちゃんと対応できる安心感がないよね〜」
碧も溜め息を吐きながら言った。
「やっぱ第二次世界大戦後にアメリカ軍に占領された時に大分と知識が失われたんじゃない?
明治維新後の西洋模倣も、中途半端に知識を逸失させるだけで西洋魔術をしっかり導入出来てなくって対応能力の低下を招いたっぽいし」
キリスト教による魔女狩りが長かったらしき西洋の魔術がどのくらい優れているのかは知らないが。
考えてみたら、人権のコンセプトも未だにあまり無い上に人を殺しても賄賂で色々と揉み消せそうなアジアの大陸側の方が、ブラックな魔術関連の知識は豊富そう。
あっちの方が殺伐とした環境みたいだしねぇ。
何と言っても、あっちの町って基本的に攻め込まれても住民が虐殺されないような防衛重視モロ出し建築がかなり大々的みたいだったし。
日本は戦国時代にはそれなりに殺し合っていたみたいだが、江戸時代になったら戦争そのものはほぼ無くなって殺し合いがもっとずっと小規模になったからなぁ。
「まあ、考えてみたら日本って普通の近代武器とかを使ったテロ攻撃だってちゃんと対応できるかかなり怪しいからね。
自衛隊の装備とかでも故障して修理部品が無いから動かないのが多いらしいし、弾薬だって実際に戦いになったら数時間分ぐらいしか在庫が無い基地もあるってどっかで読んだ気がする」
碧がぴょこんと体を起こし、壁際のサイドテーブルに置いてあったポットへ向かいながら言った。
「マジで平和ボケしてるよね。
平和なのは良い事だけど、他人事だと他国の争いをぼんやり傍観しているだけじゃあ今回みたいな事も起きるって理解してもう少し対策を講じておいて欲しいね」
護國神社の未来見に頼るにしても、警告が出された際に対処する人員と組織がなきゃどうしようもない。
「結局、今回の事件なんてニュースにもならないんだろうねぇ。
お茶いる?」
湯沸かし器に水を注ぎながら碧が言った。
「あ、お願い。
ニュースにならないし、正式にどこぞの国に抗議する事もないんだろうね。
捕まった狂人とやらが繋がっていたとか言う某国のリンクを手繰って、向こうがどのくらいマジだったのか探りを入れる程度かな?」
つうか、某専横国家が関与しているって言う話だってどの位本当か、私らには分からないし。
まあ、日本で今まで見てきた呪詛とはちょっと違う感じはあったし、死霊術は今世では見た事が無かったので、他国の協力者から技術が提供された可能性はそれなりに高いと思うけど。
「取り敢えず!
お茶を飲んだら明るいうちにバスソルトでも使って優雅なお風呂を楽しんで、ルームサービスで豪華な夕食を食べておこう!
後は映画チャンネルでも楽しませてもらおうよ」
碧が沸騰したお湯をティーバッグを入れたカップに注ぎながら提案した。
「そうだね、賛成〜!」
流石にポルノとかゲームの課金は気が引けるけど、映画ぐらいだったら有料でも良いよね。
夜中の3時過ぎまで平和にコメディ映画を観て待機していた我々だったが、結局呼び出される事は無かった。
ニュースでもどっかの地方都市でガス爆発が起きたって言う様な話も無かったし、無事終了ってとこかな?