ふざけんな
「死体を使わない死霊術って無いの?」
パチンコ屋の扉は蹴破らずに済んだ。
が、中にはやはり死体が。
パチンコマシーンの間をぬって中々巧妙に準備された魔法陣をタブレットのカメラで記録しながら、碧が田端氏に聞こえないよう低い声で聞いてきた。
扉の鍵を開けたビルの人は外で待つよう指示され、田端氏は入り口のそばに並べられていた死体を確認している。
「死霊術は死体を動かす術だから死体なしには成立しないけど、準備段階に死体を使う必要は無いね。
ただ、現世だと魔力の確保が難しいから、現実的なスピードでやろうと思うと安易に人殺しに走ることのなるかも」
メモをとりながらパチンコマシーンのせいで全体像が見え難い魔法陣を確認して回りつつ碧に答える。
前世ならば戦場や山賊に殺された被害者の死体などを回収し、魔石で出力を補助しつつ術を掛けると言う手もあったが、日本だったら基本的に死体は火葬されて壺に入るサイズまで砕かれる。
つまり病院や葬儀場の死体安置所に忍び込んで盗むと言うので無い限り、人を殺さねば死体そのものが入手できないのだ。
そう考えると現代日本で死霊術を使うなんてかなり非現実的と思われる。
とは言え、呪詛だったら基本的に相手の個体識別情報が必要になるので、大量虐殺を手取り早く魔術的な手段で行うなら確かに死霊術に辿り着くのかも知れない。
現世でも何人かは竜巻や火炎爆弾に相当するような術を放てる元素系魔術師も居ると思われるが、本人がその場で術を行使していたらあっという間に銃殺されてしまうだろう。
隠れて殺戮行為の糸を引ける死霊術は大量虐殺に向いていると言えば向いている。
それはさておき。
ここの魔法陣はほぼ完全に魔力が補給されており、一箇所のケージに入ったネズミの死で術が完成して入り口付近の死体をゾンビ化させるようになっているのだが・・・何故かゾンビ化した後に上の映画館の中の特定の場所へ行って暴れるよう指示している。
なんでだ?
上の方へ霊視で集中してみたら、更に魔法陣があった。
うげ。
こっちは既に形にはなっているが、起動するだけの魔力が込められて居ない。
魔法陣上で人が死ぬ事によって出力を得て起動し、死んだ人間をゾンビ化させて簡単な命令(人を殺せ)を刷り込むだけの比較的単純な術だ。
とは言え。
大きなスクリーンのある部屋4つに仕掛けられている。
どれだけの被害が出るか、分かったものではない。
「どうも、映画館の床にも魔法陣が描かれているみたい。
上で一定以上の人間が死んだら範囲内の死体を周囲の人間を殺しまわるゾンビにする術っぽいんだけど、こっからそれも浄化出来る?」
上の階の魔法陣は流石に血を使うと臭いでバレると思ったのか、魔力を込めたインクで描いているようなので碧の魔力が触れればほぼ消えるだろう。
「もうこのフロアのも浄化しちゃって良いの?」
碧が尋ねる。
「やっちゃって」
ちなみに、こっちのは魔法陣は入り口のそばに置いてある鉄の棒を持って映画館フロアに上がって行って只管棒を振り回して生きている存在を傷つけろと命じている。
内装変更に使うのかと入った時には特に不思議に思わなかったが、あの棒は仕切り用にしては妙に尖っているし、考えてみたら内装変更で鉄の棒が必要とされる状況もあまりないだろう。
下手な剣や刀よりも、竹槍モドキな鉄棒の方がゾンビには使いやすい武器になる。
これで人を殺して周り、被害者をゾンビに変えて新宿を恐怖へ陥れるのが目的だったようだ。
マジで意味のないテロリスト的な殺戮行為だね。
まだ渋谷のは競合相手になりうる業種のトップを殺すと言う目的があったが、こっちは誰でも良いから沢山殺すことしか目的がない。
そこまで日本を目の敵にするようなことをしたかね??
ある意味、第二次世界大戦直後とかだったら侵略戦争をした後だし、恨まれていても不思議はないけど・・・今となっては当時に生きていた人間なんて殆ど居ないんじゃない?
日本と違ってあっちの平均寿命ってもっと短いらしいし、共産党が国を乗っ取った最初の頃の『改革』で独裁者がソ連の間違った集団農業政策を真似て大量に餓死者を出したと聞くし。
今でもちょくちょく思い出したように散発的に侵略された被害者だと騒ぎまくるが、実際にその記憶を持っている人間は殆ど生き残ってないんじゃないかと思うんだが。
それとも、他国の人間なんてどれだけ死のうと単なる警告用の道具でしか無いのかな?
まあ、あっちは自国の人間でも都合が悪い事を言ったりするとあっさり投獄されて拷問の末に処刑なんて事もやっている様だし、自国内でも異民族だったら狩り集めて閉じ込めているらしいからなぁ。
価値観が違うのかね?
もしくは現世らしい『良識』に従う必要性を認めていないのか。
前世だったら他国の人間を大量虐殺するのを躊躇するような王族は(貴族も)殆ど居なかった。
そう考えると、他国の人間を大量虐殺する事をありえないと言う考え方は、人間の本性を薄っぺらくカバーしているだけの建前なのかも。
だが、折角飢えないだけの技術力がある世界になったのだ。建前を大切にして何が悪い。
是が非とも、このクソッタレなテロリスト行為は阻止してやろうじゃないか。




