やばいかも知れない仕掛け
「これでどう?」
碧が浄化結界を展開した瞬間、悪臭が消えた。
「凄い!!
助かる〜!」
悪臭に耐える為に込めていた力が抜けて、久しぶりに背筋が真っ直ぐになった気がする。
久しぶりって言っても渋谷に来てからだからまだ1時間弱程度なんだけど、強烈な悪臭に晒されていると1分が1時間の様な気分だったから、めっちゃ疲れた。
「よし、じゃあ田端さんがここの建物の見取り図を入手している間に先に早めの昼ご飯を食べちゃおう」
田端氏が姿を消す前に渡してくれたコンビニ弁当が入っている袋を机の上に置いて碧が言った。
「だね。
この結界がなきゃ食べられないし、悪臭が染み込んだら食べる気がしなくなりそうだし、さっさと食べた方が良さそう」
ビニールが死霊術の悪臭を防いでくれるかは不明だが、浄化結界が全てを綺麗にしてくれると期待してさっさと食べてしまおう。
「ここの地下に問題の大量殺戮用魔法陣があるのかな?」
碧が弁当の蓋を開きながら呟く。
「多分ね。
でも、考えてみたらそれなりの人数の死で起動するタイプだとしたら、今晩のレセプションに来た人を殺す為に毒を撒き散らす装置でも仕掛けられているかも?
組織の人間が銃を乱射する予定な可能性もあるけど」
爆弾とかでは人を殺そうとしたらその衝撃で魔法陣が破損する可能性がある。
「どう言う仕組みの術なのか、分かる?」
碧は好きなモノから先に食べるタイプなので、玉子焼きから手をつけている。
私も幼い頃に兄貴に唐揚げやクッキーを取られた経験の蓄積がある。だからさっさと好きなモノは胃袋に収めちゃう主義なので、唐揚げにお箸を伸ばした。
「これだけ濃厚に死の悪臭が漂っているってことは、既に何人か殺して術の下準備をしていると思う。
魔法陣も殆ど完成しているみたいで下の方に濃厚な魔力と死の気配があるから、後は魔法陣のギャップの部分を埋めるだけの死が溢れれば一気に術の有効範囲内の人間を殺してその死体をゾンビにするんじゃないかな?
ただ、ゾンビを作り出すだけじゃあまり意味がないから、それに何をする様に命じているかも確認しないとね」
大量殺戮って言ったら今晩のレセプションに集まる人間を殺すだけじゃあ足りない気がするから、作り出したゾンビに更なる殺戮をさせるんだろうが・・・魔素の薄いこっちの世界じゃあ出来立てのホヤホヤな死体はまだしも、1日ぐらい経ったらもう動かなくなると思う。
つまり明日になったらそれ程殺戮の道具としての効率は高くなくなるだろうし、考えてみたらそんな事件があったら周囲を国が立ち入り禁止にするだろう。
それに魔力の少ないゾンビって動きが遅いから、意外と逃げ切れちゃうんだよねぇ。
まあ、パニックになった人が逃げ惑うことで踏み潰されたりして死ぬ人も出るだろうが・・・渋谷でそこまでな人口密度になるかな?
今晩、大量に渋谷に集まる予定でもあるのだろうか。
夜の渋谷にどれだけ人がいるのかなんてよく知らないが。ハロウィーンの時なんかは凄いって聞くけど、普段はそこまでじゃあ無いよね??
「・・・今日って渋谷で大量に人が集まる予定なんて無かったよね?」
「多分?
あったとしても電車を止めるなりなんなりして、国の上層部がキャンセルに追い込むでしょう」
唐揚げをお箸で取り出しながら碧が肩を竦める。
確かに、ちょくちょく変圧器とかどっかの電線の断線だとかで電車が止まってるよね。
渋谷ってやたらと通っている路線が多いから全部を停めたら東京中が麻痺しちゃいそうだけど、大量殺戮テロの被害者を出すよりはマシだろう。
・・・そう考えると、もしかしたら今日、東京自体を麻痺させることも目的の一部だったりするのかな?
テロリストやそいつを利用している他国の政府とかの狙い通りに動くのはムカつくが、ここまで危険な術を仕掛ける相手だと、目についた術を解除できたからって他は大丈夫と太鼓判は押せないからなぁ。
下手をしたら似た様な術が新宿と東京駅にも仕掛けられている可能性だってあるし。
そっちにも黒魔術師の素養がある人間が送り込まれているなら悪臭がするか確認するのも手だけど、質問することで死霊術に適性が重なる黒魔術師ですって自分からバラす気にはイマイチなれない。
どちらにせよ田端氏から情報がバレる可能性はそれなりにあるが、彼は白龍さまが助けてくれたと言う感じに話を誘導してくれるかも知れないし。
つうか、マジで碧じゃなくて私の方が死霊術に敏感だったのは想定外だったなぁ。
この悪臭って元素系の魔術師にはどんな風に感じられるんだろ?
死霊術はまだしも、呪詛だったら恨みと瘴気が十分あれば元素系の魔術師でも出来る筈なんだが。
白魔術師は多分、体から滲み出る魔力のオーラっぽい部分で空気中の呪詛や死霊術の欠片をキャンセルしちゃってるから何も感じないんだろうと思うんだが。
お弁当を食べ終わってもまだ田端氏が戻ってきていなかったので、取り敢えず霊視で建物内にある魔法陣かその下準備を探そうと目を閉じて集中する。
今いるのが1階。
ここには一つ微量の魔力が籠った物がある以外、特に目立った魔力の断片はない。
ゆっくりと視点を降ろしていく。
・・・20メートルぐらい下に、薄汚い呪詛と死に満ちた線が視えた。
魔法陣として形にならないように、あちこちにギャップが開けてあるが・・・どうも、そのギャップ部分に生き物がいる。
うん??
鼠かな?
Gにしては大きい。
以前の大学の研究室で見た実験用のラットに似た様な感じだが・・・場所を移動しないってことは、ケージにでも入れて置いてあるのかな?
まさか時限式でネズミを殺して魔法陣を完成させるつもり??
流石に鼠じゃあ無理だと思うんだが。
どうなってるんだろ?