緊急依頼
「もしもし。
はい、藤山です。
・・・はぁ??緊急依頼?!」
固定電話に退魔協会から電話が掛かってきたので碧が受けたが、突然声が大きくなった。
緊急依頼??
ある程度以上のランクになると緊急時に強制的な指名依頼が出される事があり、既存の依頼を受注していても退魔協会負担でキャンセルして受けることが義務とされているって確かオリエンテーションで教わった気がする。
当然、既存の依頼以外の予定もキャンセルか遅延前提。
一応金銭的にはっきりしているもの(旅行とかコンサートチケットとか)だったら賠償してくれる事になっている。
個人的な仕事とかあったらどうなるんだと思ったのだが、基本的に退魔師は退魔協会経由で働いているだろうと言うロジックで、『勝手な』副業に関しては一応賠償してくれるものの金額査定がめっちゃ厳しい上に時間が掛かるので、時給計算的に考えたら請求する方が損なぐらいらしいと碧が言っていた。
まあ、流石に神社系の退魔師が神社のイベントとかでのカバーを他の神社に頼む羽目になった場合の費用は文句を言わずにちゃんと払うらしいが。
流石に実在するかも知れない氏神さまを怒らせる気は退魔協会側にも無いようだ。
それはさておき。
基本的に緊急依頼は国防や多数の人命に関わる様な案件でしか発動され無いという話だった。
問答無用に賠償責任が協会側に生じるから、使いたがらないのだとか。
殆どの有力『名家』にはノルマ制度があるので、それを交渉に使えば大抵の依頼は押し付けられるからだ。
ある意味、緊急依頼はそんな交渉をしている暇もないと国の上層部が判断した案件だと碧が言っていた。
碧本人も今まで呼ばれたことが無いと言うのだから、かなりレアなケースなのだろう。
碧パパも一度だけ呼び出されたと言う話で、その際に知り合いを2人程亡くしたらしいから、『多数の人命』や『国防』と言う言葉が本気で使われる場合の危険度は伊達ではない。
平和ボケした日本でもそんな国防的な危機ってちゃんと認識されるんだ〜と驚いたものである。
まあ、元々国の中枢にいる人間や軍(自衛隊)の上層部は様々な危機をちゃんと認識していて、平和ボケしているのは国民と無能な下っ端政治家や官僚だけかもだが。
・・・母国の中枢まで食い込んだ政治家が無能だとは思いたくない。
家族や友人さえ無事なら母国っていうものにそこまで拘りは無いが、他国に亡命する羽目になったら元々いる地元民よりも不利な扱いをされるのは目に見えている。
色々条件を考慮した上で他国に移民する事を選ぶならまだしも、トランク1個とか着の身着の儘で母国から逃げ出す羽目になるような状況にはならないのが一番だ。
そんな事を考えている横で、碧が慌てて電話のスピーカーボタンを押していた。
基本的に退魔協会からの依頼はスピーカーにして2人で聞く事にしてるんだけど、ウチにある固定電話って何故か通話を録音したかったら一度受話器を持ち上げてからスピーカーボタンを押さないといけないんだよね。
不思議な事にスピーカーボタンだけを押して電話を受けると、上手く録音出来ないのだ。
なんとも意味不明な仕様なのだが、態々買い換える程の問題ではないのでいつも会話が始まってからスピーカーにしている。
『先程警察に捕縛された人物が、海外のテロリスト組織と繋がっていて日本の複数の大都市に多数の命を犠牲にして発動する大量殺戮用呪詛を仕掛けた疑いが非常に高いことが判明しました。
まだ詳しい情報は入っていませんが、詳細が分かった時点で即時に解除に取り掛かれるよう、移動と準備をお願いします』
いつのも職員のとは違う声が電話のスピーカーから流れてきた。
マジか。
確かにこれだけ人口密度が高ければ、通勤ラッシュとかセールの会場とかコンサートホールとかで人命を費やすタイプの呪詛を使えばそれこそ数十万人規模の人間は殺し切れるんじゃないかと思っていたが。それを実現させようと思い立った人間・・・と言うか組織がいるのか。
とは言え。
今だったら呪詛を使わなくてもヤバそうなウィルスの開発とかに手を出せば人類を滅亡させる事だって可能そうだし、最近だったら核兵器もあっさりブラックマーケットで買えちゃいそうだが。
まあ、考えてみたらいくらテロリストが無差別に大量殺戮を目指すにしても、殺す対象は自分の家族や同胞以外にしたいだろう。
そう考えると、下手に生物兵器系を使うと自分たちも変異したウィルスで死んでしまう可能性があるか。核兵器を使って核の冬とかになったらそれも想定外な被害に繋がりかねないし。
でも。
呪詛で人を殺すと殺された人からの恨みが別の呪詛を自然発生させる事もあるんだけどなぁ。
呪詛で大量殺戮をやったら、下手をしたらこの魔素の薄い世界でもゾンビが歩き回るアポカリプスな世界に変容する可能性だってゼロではない。
願わくは、ヤバい呪詛をちゃんと見つけて解除出来ることを祈っておこう。




