確かに病気ではないけどさぁ
「もう直ぐ暑くなるけど、ちょっと温泉に行かない?」
テストのついでに夏休み前の最後のレポートを提出しに大学に行き、帰ってきたところで碧からちょっと意外な誘いを受けた。
温泉だったらやっぱ冬じゃない?
せめて秋とか。
まあ、梅雨明け前だから少しは涼しいし真夏に行くよりはましだけど、ジメジメした時期に温泉ってあまり考えないよね。
とは言え。
「まあ、行っても良いけど。
依頼が来たの?」
冷蔵庫に麦茶を取りに行きながら聞き返す。
「結婚した従姉妹の旦那がスタートアップを起業してるんだけど、最近大分とリモートワークが普及してきたから東京から離れて諏訪の方に会社ごと引っ越す事にして、潰れた温泉宿を買い取ってリフォームしてるところなんだって」
タブレットで何やら調べながら碧が応じた。
「リモートワークがし易くなったから諏訪に移転するのは良いけど、何故に温泉宿??」
どっかの人材派遣会社は瀬戸内海の島に移転したらしいから、諏訪市ならそれよりは便利だろう。
碧の従姉妹なら多分諏訪が地元だろうし。
「従姉妹もその旦那も温泉大好き人間なんだって。
会社の社員も温泉好きが多いから、ワーケーションっぽく好きな時に温泉に入れる仕事場所にしようって従姉妹の知り合いが売りに出した温泉宿が中々買い手が見つからないって聞いて思い立ったらしい」
まあ、海外観光客が増えて景気が上向いた観光業界とは言え、上手く外人客を呼び込める様な『売り』がある宿以外は経営が厳しいって話だからね。
銭湯文化の無い外人だったら人前で裸になって他人と一緒に風呂に入る温泉ってそれなりにハードルが高いだろうし、下手にマナーのなってない外人客を手当たり次第に呼び込んだら今度は昔から来ていた日本人客に見放されかねないし。
そこら辺の兼ね合いに失敗すると破綻しちゃうんだろうなぁ。
しかも破綻する温泉宿がそれなりにあるから、売りに出しても買ってリフォームして儲けようって言うファンドやビジネスが直ぐに現れるとは限らないし。
「ふうん。
仕事場に温泉があるって言うのは中々羨ましいね。
設備の維持費は高そうだけど。
移転したついでに招待してくれたの?」
会社の移転先だったら宿泊施設とかがあるのか不明だが。
碧が首を横に振った。
「うんにゃ。
やっぱ古い宿ってそれなりに穢れや瘴気とかが溜まっているらしくって。
従姉妹が自分で祓う予定だったんだけど、オメデタで悪阻に悩まされて碌に動けなくてヘルプ要請のコールが来た」
おや。
退魔って別に妊婦でも出来ると思うけど、まあ確かに変なのに胎児を近づけない方が良いのかも?
「おめでと〜」
「どうも。
従姉妹は霊を視るんじゃなくって感じる直感タイプなんだけど、悪阻が酷くて気持ちが悪いのが悪霊とか穢れなのか、悪阻なのか分から無くなっちゃったんだって。それでちょっと助けて〜ってさっき電話が掛かってきたの。
結婚式には受験と時期が重なったせいで出れなかったから、お祝いがわりに祓ってあげる事にしたんだけど、ついでに温泉だけでも楽しんでこようと思って。
凛もどう?」
碧の大学受験の頃に結婚したってことは、まだ比較的新婚さんなんだね。
最近はよく不妊治療とかの話を聞くけど、さっさと妊娠できて良かったね。
悪阻で除霊が出来ないって言うのはちょっと笑えるけど。
「お、じゃあ遠慮なくご一緒して良い?
悪阻って妊娠してホルモンバランスとか血圧とかが狂うせいって話もあるから、ついでに碧が診てあげたら?」
前世では神殿に行くとなんかさらっと気分を良くしてくれるって話を聞いた気がする。
子供は次世代への繋がりだからね〜。
将来の信者を期待してか、それなりに金に煩い神殿も妊婦さんに対しては優しかったんだよねぇ。
「おお〜、そうだね!
なんか『妊娠は病気じゃ無い』って言う厚生省の考えに毒されたのか、助けられるって考えが無かったけど、確かに体内のバランスとかを整えてあげる程度だったら胎児にも悪影響なく出来そうだよね」
碧が嬉しそうに言った。
そう言えば、老人の社交会化した医者巡りには散々健康保険の金を注ぎ込むくせに、少子高齢化で困っているのに『妊娠は病気じゃ無い』って事で相変わらず妊娠して病院に行っても保険が効かないんだよね、この国。
マジで金の使い道を間違えてるよね、この国の政治家。




