研修
人と人のエゴが衝突し、軋轢が常に生じ続ける現代社会では・・・生まれる悪霊の数に対し退魔師は恒常的に足りず、人数も人口比を考えると圧倒的に少ない。
なので新しい才能持ちが見つかった際も、ある程度の人数が集まるまで研修を待っていたのでは時期によっては新人の投入が半年程度遅れかねないらしい。
元々退魔協会の研修は退魔の技術ではなく業務フローや業界の常識を教える為のモノであるため、研修効率は諦めて誰かが発見報告される度に協会の職員研修を行う事になっている。
なので研修を一人で受けるなんて事も珍しくないと言われた。
一応、大体同じ時期に報告されたら一緒に研修できる様に、研修は毎週月曜日から5日間と決まっている。
なので、変なハニトラの男バージョンを送り込まれない様、私に関する報告は木曜日の午後にした。
遅くし過ぎて何か適当な理由をつけられてもう1週間遅らされても面倒なので、ちょっとギリギリだが一応人員調整は出来るであろう週後半を狙ったのだ。
それが上手くいったのか、月曜日に研修の小会議室Cに行ったら中にいたのは高校生ぐらいの少年が一人だけだった。
ショタ狙いのハニトラじゃ無い限り、この子は変な罠では無いだろう。
「おはよ。
あなたも研修を受けるの?
私は長谷川 凛。明○大学の法学部1年よ」
学歴なんぞ退魔師には関係ないが、年齢をそれとなく聞くのに学年や卒業年は無難だ。
「こんにちは。
青○高校1年の高木 蓮です」
高校1年。
私が覚醒した年齢より数ヶ月後というところか。
寒村時代には15歳で結婚して翌年には子供を産んでいたけど、今の日本だったら15歳で命の危険もあり得る退魔なんてちょっと早くない??
まあ、大学受験中に悪霊狩りに駆り出されるよりはマシかもだけど。
「へぇ。
高木君は退魔師の家系の人なの?
私は突然変異的に一般家庭に生まれたんで大学の友人が偶然退魔師じゃなかったら協会の事すら知らなかったんだけど、15歳で働き始めるのって早そう」
今では人生50年どころか90年近いのだ。
年金も怪しい現代社会では75歳ぐらいまで普通に働かせられそうだから、急いで労働人生を始める必要は無いと思うんだけどねぇ。
退魔師って単発的な仕事が多いはずだから、よっぽど酷使されてない限り退魔協会の嘱託社員として働いても厚生年金に加入するだけの労働時間にはならなそうだし。
そうなると自営業扱いで、老後の収入は国民年金だけ。早期リタイアなんて難しいだろう。
家業的な感じだけど、一族で法人形態にしたりしていたら大手事務所の社員として厚生年金があるかも?
事務処理とか節税的には個々人で退魔協会の嘱託社員として働くより事務所に雇われる形の方が良い気はする。
「親父がこないだ死んじゃってね。
家計が厳しくなった。
退魔師の方がファーストフードでバイトするより時間効率が良いんだ」
蓮少年がやたらと重い返事を返してきた。
マジか。
「え。
もしかして、お父さんが退魔の仕事をしていてお亡くなりになったの??」
私はまだ親に退魔師になった事を知らせていないので、悪霊狩りで死んでも取り敢えず交通事故にでもしてくれと退魔協会へ提出した書類には書いておいたので遺族ケアも大したモノでは無いが、退魔師の家系だったらそれなりに補償なり遺族年金なりを出すもんだとばかり思っていたぞ。
蓮少年が首を横の振った。
「普通に買い物に行こうとして、飲み会の帰りに無免許運転したバカ野郎に轢き逃げされた。
犯人は捕まったんだけど、21歳だったから加害者の親は補償は自分達の責任じゃ無いって拒否。当然無免許運転のバカは保険なんて入って無かったから、危険運転致死傷罪で刑務所に14年入ることになったけど俺たちへの補償はは無保険な場合の最小限な微々たる金額が政府から出ただけで、全然親子3人には足りなくてね。
退魔協会の遺族補償って仕事に全く関係ない交通事故だと何も出ないし。
親父はそれを知らなかったのか、節税用の生命保険しか入ってなかったんでウチの家計は火の車さ」
うわぁ・・・。
そうか、なまじ退魔協会の仕事関連での事故死に対する遺族補償が良いと、他の補償がおざなりになるのか。
「まあ・・・頑張ってね。
退魔師なら大学受験もあまり関係ないかもだけど、成長期にちゃんと睡眠を取らないと背が伸びないって言うから。
協会に仕事の日程調整には細心の注意を払う様、要求した方がいいよ」
下手に背が伸びなくて身体能力が微妙になると、後々の体力や逃走能力にも差し支えるのだ。
今の収入だけに拘って一生後悔する羽目にならないよう、ちゃんとこちらの要求をしっかり協会に伝えておかないと。
蓮少年の目がショックに見開かれた。
「マジ??
背が伸びなくなるのか?!」
「いつも睡眠不足で疲れていると食欲も減るし。
成長期ど真ん中な高校時代に仕事を詰め込みすぎると、遺伝子的に育っただろう最大値は実現できない可能性が高いんじゃない?」
ある程度は育つだろうが、本来ならば長身になれた子が中背になるなんて言うのは十分あり得る。
寒村時代だって、明らかに小作民の子たちの方が村長とか比較的余裕のある家庭の子より成長が悪かった。
足のサイズと身長の比例度が違ったのだ。
今の日本だったら流石に餓死寸前なんて状態にはならないだろうが、いつも仕事に駆り出されていて栄養バランスをちゃんと考慮していない外食で誤魔化していたら、成長には良くないだろう。
「・・・分かった。
今から必死に稼いで妹たちの学費も貯めなきゃと思っていたけど、母さんの言う通り学資ローンだってあるんだし、無理はしないようにするよ。
ちなみに、成長期っていつ終わるのかな?」
成長期が終わったら家族の為に頑張って仕事を詰め込む気らしい。
良い子や〜。