許せん!!
「はい、藤山です。
あら、黒崎さん。
・・・え!?
勿論です。
信じられないですね。今すぐ行きます!」
電話に出ていた碧の声が段々低く、怖くなっていった。
どうやら黒崎さんの神社に行く様だが・・・虐待されたペットでも保護されたのかな?
「カリスマ祈祷師の出番?」
急いでバッグを取りに部屋へ行きながら碧に声を掛ける。
「なんか、近所の犬が散歩中に後ろから来た自転車に乗っていた人に水鉄砲で攻撃されたんだって。
物凄い痛がったから熱湯かと思って慌てて近くにあった黒崎さんとこの神社に駆け込んで水で冷やそうとしたら、首輪とかリードが溶け始めたし顔や前足の皮膚が焼け爛れた様になって毛が抜けたって」
それは酷いね。
熱湯の火傷でも皮膚が焼け爛れたり毛が抜けたりするだろうが、首輪が溶けるって事は熱湯じゃあないよね。
「それって痴情の絡れとか一方的な逆恨みで人に硫酸を掛けるとか言うのの動物虐待版?!
ちょっと酷すぎない??」
なんか顔を狙うのって痴情の絡れとか、好きな男性を奪われた女の妬みとかっぽい気がするが、直近で聞いたのは良い年した男が大学時代に敬語で話しかけられなかったサークルの後輩を馬鹿にされたって恨んで駅のエレベーターで酸を掛けたって奴だった気がする。
頭がおかしいだろう。
ある意味痴情の絡れで女の顔を狙うって言う方がまだ正常な気がするぐらいだ。
しかもペットを狙うなんて・・・何を考えてるんだか。
◆◆◆◆
緊急だったのでタクシーで神社に行き、急いで祈祷師ルックに着替えて取り乱している飼い主さんからぐったりとした犬を受け取り、碧が引っ込む。
どうも片目も閉じてるから、下手したら失明しているのかも?
マジで酷いな。
「チャラちゃんが・・・」
ほろほろと泣きながら飼い主さんが呻く。
「近所の人とか散歩ルートの住民から犬が煩いとかおしっこするなとか、苦情を受けたことはありますか?」
現実の苛立ちに対する行動なら相手を特定するのも簡単かも知れない。
とは言え、毒餌を庭に仕込むとかじゃなくて後ろから自転車で近づいて水鉄砲って『煩い犬を懲らしめよう』ってケースじゃないっぽい雰囲気だが。
「まさか。
ウチのチャラちゃんは全然吠えない静かな子ですし、散歩でも人様の庭でおしっことかはさせていませんから」
飼い主さんが涙を拭きながら応じる。
「う〜ん、じゃあランダムって事?
犬仲間とかから何かそう言う嫌がらせの話を聞いたことあります?」
黒崎さんが言葉を続ける。
顔に掛かってなかったらそれこそ近所の交番で傷害事件として訴えつつ情報収集するって手もあるんだが、流石に顔が焼け爛れているのを事件解決まで放置する訳にはいかないし、交番に『酸を掛けられた!』って訴えたのに何処にも犬に怪我が無かったらまともに取り合って貰えないだろうしなぁ。
「ああ?!
そう言えば、変な液体を掛けられたって人の話は聞いたかも!
服が変色しちゃって新品が駄目になったて怒っていたママが居たわ!」
『ママ』って言うとスナックのホステスみたいだが、ここでは飼い主って事なんだろうなぁ。
そう言えば、ドッグランとか公園における犬仲間の会話で飼い主は『何々ちゃんのママ』って呼ばれるって聞いた気がする。
「変色しかしなかって事は酸だとしてももっとずっと弱いやつだったのかしら?」
黒崎さんが呟く。
「試行錯誤中だったんですかね?
だとしたら殺傷力があるレベルまで到達しちゃったみたいだから、気をつけないと他の飼い主も危険かもですね」
人間相手だったら直ぐに警察が捜査を始めて防犯カメラとかで犯人の足取りを追ったりするだろうし、テレビとかでも報道されて注意喚起するんだろうけど・・・ペット相手だとなぁ。
しかも被害を受けた犬はもうそろそろ完全に健康体になっているから、被害の証拠は酸で焼き切れたらしきリードしかないし。
首輪が溶け爛れてるのに犬がピンピンしていたら怪しいからなぁ。
碧がチャラちゃんを抱っこして戻ってきた。
「はいもう大丈夫ですよ〜。
痛いのにびっくりして疲れちゃったみたいですが、暫く休めば平気だと思います」
チャラちゃんは火傷で禿げちゃっていた部分は産毛しかまだ生えていなかったが、健康な肌色になっていたし目もぱっちり開いていたので大丈夫そうだ。
「まあ!!!
こんな奇跡ってあるんですね!!」
飼い主さんが感激した様にチャラちゃんに抱きつく。
「動物好きな神様の慈悲ってやつですね〜。
人間は治してくれないので、下手に話が広まると色々と面倒な事になるんです。だから困っている飼い主仲間以外には言わないで頂けると助かります」
碧が片目を閉じながら頼んだ。
普段の病気を治すのも十分奇跡なんだけど、怪我って結果がドラマチックだからなぁ。
気のせいとか偶然で済まされないレベルの変化だよね。
「・・・まあ、人間嫌いな神様なんですか?」
飼い主さんが微妙な顔をして尋ねる。
「人間嫌いっていうか・・・人間の医療って法の規制があるから色々と面倒なんですよ。
下手をしたら私が刑事告発されちゃうんで」
肩を竦めながら碧が教える。
「え?!
そうなんですか?!」
飼い主さんがギョッとして尋ねる。
「まあ、実際に投獄されるって言うよりは、違法行為をした事をネタに脅して政治家とか金持ちの医療行為に朝から晩まで従事するよう、奴隷の如く扱き使われる事になるんじゃないかな?
当然ペットなんぞに時間とエネルギーを割くなんてあり得ない!!って事になると思います」
真面目な顔で碧が答える。
まあ、実際に脅迫しようとしたら白龍さまが黙っていないとは思うが。
「それよりも。
こんな事をした犯人をなんとしてでも見つけないと!」
碧が力強く言った。
でもその前にその巫女服を着替えて来たら?