犯人は・・・?
「あら・・・?」
記憶書き換えの術を解除し、呪詛も返したところで陽菜さんがふぅっと息を吐いて首を傾げながら背筋を伸ばした。
いや、お嬢様な育ちのせいか、顔色があれだけ悪くて明らかに不調でも猫背じゃあ無かったんだけどね。
こう、真っ直ぐながらも自己防衛的に首が少し引っ込んでいたのが伸びた感じ?
亀ほどじゃ無くても、人間って漠然と身を守ろうとすると意外と首を引っ込めようとするんだね。
本人の記憶に基づいて居るとは言え、個人の世界観の基幹とも言える認識を無理やり省エネで書き換える為に呪詛が活用されていたせいで、通常の記憶関連の術を掛けられる場合よりも負担が大きかったのかな?
もしくは断罪されて殺されるって言う未来知識を『思い出した』事によるストレスからなのかも。
どちらにせよ、陽菜さんは顔色がめっちゃ悪く、体調も悪かったのを無理に我慢して私たちと話していたのだろう。
術が解けたらメイクで誤魔化していた顔色と青白かった首の肌の色がほぼ同じになった。
へぇ、元の顔色が良くなったら青白いのを誤魔化す必要が無い分赤みが足されて赤っぽい顔色になるかと思っていたけど、高級化粧品だとそう言う事はないのか。
と言うか、安物だと顔色が良くなった時にどうなるかも知らないけど。
基本的に私は体調が悪い時には化粧しないからなぁ。
体調が悪いのを我慢して何かしてるなら、それを周囲にも知ってもらって気を遣ってもらいたい派なんだよね。
社会人だと体調不良は自己管理不足が原因な弱み扱いで隠さなきゃいけないのかもだけど。
今となっては碧が居るから体調不良とはほぼ縁がないし、退魔師の仕事は具合が悪くても無理に頑張る様な職種じゃないしね〜。
それはさておき。
「ここが前世のゲームの世界じゃあないって言うのを思い出して貰えました?」
依頼の成功条件だから、術を解除してちゃんと想定通りの結果になったか最終確認しないと。
「ええ。
こんな事が可能だなんて知りませんでした。
一体何が起きたのでしょう?」
陽菜さんが顔を洗う様に擦りながら言った。
気持ちは分かるけど、お化粧が落ちちゃうよ〜と思ったのだが、高級化粧品は多少擦った程度では滲みもしないようだ。
凄いね。
「一応依頼はこれで終わりだけど、多分ある程度は説明しないとまた呼び出されると思うから、依頼主の田加良さんも含めてちょっと話しましょうか」
碧がパンっと手を叩いて提案した。
優しいねぇ。
私だったら説明の方も依頼してお金を貰おうとするけどな。
まあ、面倒だからここで説明しちゃっても良いけど。
「陽菜?!
もう・・・大丈夫なのか??」
使用人に呼ばれた依頼主の田加良氏が現れ、疲れた様にソファに身を預けている陽菜さんを見て何かを悟ったのか、駆け寄ってきた。
流石父親?
それとも呼ばれたから解呪が終わったと期待していただけなのかね?
「お父様、お騒がせしまして申し訳ございませんでした。
一体何が起きたのか・・・」
陽菜さんが父親の手を握って首を傾げながらも笑いかける。
「陽菜さんに掛けられていたのは記憶を多少書き換える術と、それの効果を広く浅く、そして長く継続させる呪いでした」
田加良家の2人に説明を始める。
呪いそのものは退魔師ならほぼ誰でも解呪出来たとは思うが、記憶書き換えの術は黒魔術の才能持ちじゃないと難しかっただろう。
・・・私の適性、退魔協会にバレてそうだなぁ。
それとも碧と白龍さまに期待を賭けていたのかね?
白龍さまは天罰を与える方が得意で、癒すのはもっぱら碧だし、精神異常系は脳自体に問題があって生じる精神疾患じゃない限り、白魔術では治せないんだけどなぁ。
まあ、適性だけだったら現代社会では黒魔術系の才能があっても弾圧されないんだから、バレてても大丈夫な筈。
幸い、白龍さまの天罰デフェンスがあるから政治家とかに力を悪用しろと脅迫される可能性も低いし。
「術が二つだったんですね」
イマイチ分かってなさそうな顔で田加良氏が応じる。
「ええ。
本来、人間の生きてきた毎日の記憶って膨大な量なので、誰か1人に対する認識を変える程度ならまだしも、人生そのものに対する認識を変えさせるなんて通常でしたら不可能です」
10年ぐらい前の記憶を改竄するとか、小さな子供を騙くらかすぐらいならまだしも、大学生の全人生の記憶を書き換えるなんて、白龍さまの力があっても厳しい。
単に記憶を消し去る(と言うか思い出せない様にする)だけならそこまで難しくないんだけどね。
「少なくとも、私は実質不可能だと思っていたのですが・・・陽菜さんが高校時代の生活を事細かく乙女ゲームのシナリオの形に書き出しゲーム化させていた事で、書き換える記憶が『現実の世界をゲームシナリオにした』と言う一点を『自分の高校生活をゲームで見た記憶がある、つまりはここはゲームの世界で、自分は転生して前世でやっていたゲームの世界に生まれたのだ』と変えるだけで良くなったようです」
簡単そうな話に、田加良氏と陽菜さんの両方が寒気がしたのか青くなった。
「まあ、記憶って言うのは物理的に脳細胞を破壊するんじゃない限り実際には消えていないので、単に術で書き換えるだけだったら暫くしたら思い出した可能性が高いと思います。
だからそこら辺を確実にするために、術によるストレスを長引かせると言う呪詛で補強したのでしょうね」
まあ、実際にはもう少し複雑な構造だったけど、説明する必要はないだろう。
「つまり・・・明菜が私を嵌めたんですか?」
陽菜さんが静かに低い声で聞いて来た。
「さぁ。
可能性は高いと思いますが、偶然陽菜さんが明菜さんとやっていることを知った第三者とか、ゲーム化した会社の人とかの可能性もありますね」
そこら辺は動機から探っていくべきじゃないかね?
「ちなみに、陽菜さんが高校生活をゲーム化しているっていうツイートは私が見つけた一つしか無かったんですが、一度しかツイートしなかったんですか?」
碧が尋ねた。
それは確かに意外だね。
あれだけ色々とツイートしていた高校生が、毎日やってるゲーム化なんて活動に関して自慢混じりにツイートしない方が不思議だ。
「いえ、ちょくちょく書いていました。
専用のハッシュタグもつけていたし」
陽菜さんが応じる。
「だとしたら、その過去のツイートを削除させた人が黒幕か、黒幕を知っているかも知れませんね」
碧が提案する。
確かに。
ホワイトハッカーでも雇って誰がやったか見つけるんだね。
こんだけ繊細で高度な術をかけられる呪師を探すより、簡単だと思う。