40倍・・・
『特に呪符を売り出してる呪師に対する捜査活動中とかじゃ無いから、虐待女の拘置所の部屋の調査を待たずに祓っちゃっていいって』
電話を切って戻りながら碧に念話で伝える。
『いい加減だねぇ〜。
まあいいけど』
碧が応じ、立ち上がって愛理ちゃんに手を差し伸べた。
「じゃあ、私の知っている神社に厄祓いに行こう!
ついでに帰りにどっかの喫茶店でスイーツでも食べようか」
確かあの神社のそばにクレープ屋さんがあったんだよね。
店の外で立ち食いするタイプだけど、近くにベンチがあったし、あそこでも良いかも?
喫茶店のケーキがよければそっちでも構わないが。
ある意味ケーキって何処でも食べられるから、希少なクレープの方がありがたみがあるんだよなぁ。
まあ、あの神社は碧がカリスマ祈祷師をやる時に来るけど。
・・・時間帯が微妙に甘い物を食べるのに不都合なんだよね。
「お姉ちゃんたちってお母さんをお祓いしに来た人だよね?
呪いは祓えないの?」
立ち上がりながらふと愛理ちゃんが尋ねる。
「う〜ん、お姉ちゃん達を雇うとそこそこ高くつくんだよね。
神社でお礼に払うお金の40倍ぐらいが相場だから、いくら友達で割引するとしてもそこそこ高くなるから神社でお祓いしてもらう方がお得なの」
考えてみると、40倍って凄いよなぁ。でもウチらが受ける除霊の依頼は平均して報酬額が20万円ぐらいだ。お祓いの5千円と比べると40倍って事になる。
そこら辺の街中にある神社のお祓い成功率が3割ぐらいの勝率だとしても、身動き出来る状態だったら手当たり次第に神社に行って厄祓いをして貰う方が圧倒的にお得だ。
「同じことをやるのにそんなに値段が違うの??」
びっくりした様に愛理ちゃんの目が丸くなる。
「内容によっては神社では出来ない事もあるからねぇ。
それに退魔師の仕事ってやれる人が少ないのに、やって欲しい人はそれなりに沢山いる上に金持ちな事が多いせいか、『兎に角なんとかしてくれ!』ってお金を積むのが慣習になっちゃって決まった値段だから相場が高止まりしてるのかも」
考えてみたらあの病院跡や工場跡みたいな悪霊の溜まり場になった様な案件はまだしも、呪詛返しは誰にやられたかを調べる必要が無いなら退魔協会を使う必要は殆ど無いんだけどねぇ。
ダメな寺社が多くなり、人々が寺社から遠ざかった事で何をやって貰えるかの知識も失われたのかね?
そうはいっても退魔協会の知識を保っている人達だったら古くからの知識も残ってそうだけど・・・寺社を頼る知識が失われたのは明治維新とかなのかな?
ある意味、寺社はハズレの7割を淘汰できたらもっと信頼性が上がるだろうに。
値段が退魔協会より圧倒的に安いとは言え、3割しか当たりが居ないと信頼性が薄すぎて5千円のお祓い料金でも払いたがらない人が多くなっちゃったのかも。
これで『経営が苦しい神社なんて継ぎたくない』ってちゃんとお祓いができる跡取りが逃げちゃったりしたら本末転倒だよねぇ。
「ふうん、不思議だねぇ」
愛理ちゃんが呟く。
世の中理不尽な事が色々とあるんだよ。
幸い、愛理ちゃんのいる施設から黒崎さんの神社のそばまでバスが通っていたのでそれに乗って行く。
ある意味、遺産でそれなりにお金持ちな愛理ちゃんとは言え、無駄にタクシーなんぞ乗らない方が良いからね。
「ここは腕の良いお祓いが出来る宮司さんがいる神社なの。
なんか変な感じがする時は私たちに電話をくれたら会いに来るけど、偶々遠出してて連絡が取れない時とか、知り合いに相談された時なんかはここで厄祓いをして貰うのもオススメだよ」
碧が愛理ちゃんに教える。
愛理ちゃんに大した霊感とかは無いっぽいが、憑かれたらそれなりに不調は感じるだろうし、呪いもある程度不条理な現象が起きるので取り返しが付かなくなる前に自力でお祓いに来れる筈。
まあ、ウチらに相談してくれても良いんだけど、そこまで親しく無い相手に連絡して相談するよりは5千円で済む厄祓いの方が気楽な場合も多いだろう。
願わくは愛理ちゃんが今後呪われたり憑かれたりしないと期待したいが。
「ふうん、分かった。
ここってなんか良い気持ちがするから、時々来てお祈りしたら良いかもだね」
あっさり愛理ちゃん頷いた。
おお?!
ここの神聖な空気が感じられるの??
だとしたら多少は霊感があるのかも。
まあ、半年近く霊の側に居たからちょっと敏感になっているだけかもだけど。
『良い所』が分かるなら『悪しき所』も感じられるだろうから、これはある意味生きていく上では当たりな能力だよね。
「こっちね」
既に連絡してあった黒崎さんがにっこり笑いながら手を振ってくれたのでそちらに向かい、愛理ちゃんが祓いの場に入る。
黒崎さんが祝詞を唱え始め・・・暫くして、呪いが跳ね返されるのが視えた。
さて。
虐待女がどうなるのか、ちょっと楽しみだ。
来週あたりにでも愛理ちゃんに電話して、民事訴訟を担当している弁護士の先生あたりから情報が入ってこないか聞いてみよう。