被害者だよ?!!
「襲おうとしてきたから避けようとして捻挫したのですから、傷害罪は適用されますよね?
今後も狙われたら危険なので殺人未遂でも逮捕して欲しいのですが、駅の防犯カメラとか目撃者の証言で殺意がありそうな様子を確認出来そうですか?」
東京駅駅前交番の奥の部屋にいた八幡先輩の元へ案内された。先輩が青ざめてはいるものの比較的平気そうなのを確認して、側で事情聴取していた警官に尋ねる、
「殺人未遂ですか?」
ちょっと困惑した様な顔で警官が聞き返して来た、
「・・・何段ぐらいある階段だったのでしょうか?
3、4段ぐらいの、力一杯押しても捻挫程度しかしない場所だったんですか?
先輩が避けたせいで空振りして自分から落ちただけで救急車で病院に運ばれる程度の高さがあった場所ですよね?
本気でそこの上から若い成人男性の力で突き落とされても死ぬ可能性は無いと言われるんですか?」
つうか、そう言うなら私が試しに突き落としてあげるよ?
「殺意に関してはこれから調べるところです。
確かにそれなりの高さがある階段ですが、知り合いに声を掛けようとしていただけの可能性もありますから」
私の後から入って来た私服のおっさんが口を挟む。
誰だよ、こいつ?
「丸の内警察署の高原だ。
傷害事件があったとのことで捜査に呼ばれたんだが」
何やら手帳っぽい身分証明書を見せながらおっさんが部屋にいた警官に声をかける。
「ああ、高原刑事ですか!
連絡を受けてお待ちしていました!
こちらが被害者の八幡さん、それと八幡さんの知り合いの長谷川さんです」
警官がおっさんに私たちを紹介する。
「高原だ。
まず事件性があるのかを先に確認するので、『被害者』と言う言葉は安易に使わないで欲しい」
おっさんが挨拶のつもりかウチらに軽く頭を下げた後、低い声で警官に注意していた。
聞こえてるぞ。
「八幡先輩と階段から落ちた安藤は同じ会社に内定を受けた知り合いなんです。
安藤が内定を受けた同期の女性全員にセクハラまがいな言動を繰り返していたので、困った女性陣が先日その証拠としてチャットアプリの言動を人事に見せたところ彼の内定が取り消しになったとの事なので、恨んでいる可能性が高い状況なんです。
普通に話しかけようとして肩を叩くとか、注意を引く為に腕を触れようとしていた程度の場合に相手が避けたからと言って自分がバランスを崩して階段から下まで落ちる程の勢いが付くのっておかしいですよね?
どう考えても階段を突き落とす意図はあったんですから『被害者』と言う言葉は使うべきでは?」
殺人未遂まで行くかどうかではなく、被害者かどうかで揉めるとは思わなかったぞ。
まあ、落ちたのはクルミの『奥の手』で意識を失ったからだろうけど。
でも、殺意が無ければクルミだってあれを使おうとしなかった。
「内定取り消しねぇ。
セクハラって言っても同期なんだろ?
厳しいな」
おっさんが呟く。
おいおい。
こう言うのがいるからストーカーの行動が取り返しのつかない『死』に至るまで止まらないんじゃない??
「同期の力関係が同等な相手にすら、不快に感じる程の言動をはっきりと断られても執拗に繰り返す男が、社内に入って部下を持つ立場になったらどれだけ害を及ぼすか計り知れないと言う判断で、人事も内定を取り消すと言うリスク回避を選んだのだと思いますよ。
それより、私が振り返った時に安藤は両腕を私の方へ伸ばしていたように記憶しているんです。
声を掛けるだけだったら片手しか伸ばしませんよね?
駅の防犯カメラで彼の動作を確認できませんか?
本気で彼が私を殺そうとしていたのだったら、ちゃんと警察に害意を認識して彼を拘束して貰わないと私の身が危険だと思うのですが」
落ち着いた声で八幡先輩がおっさんの台詞に突っ込みを入れる。
ついでだからちょっと危機感を煽る感じに高原とやらの意思を誘導しておこう。
下手に意思を曲げて後で『あれ??』と思われると私と退魔協会の関係とかが知られた場合に疑われかねないが、自分の行動で被害者に更なる害が及ばされた場合の波及効果を意識させる程度に自己防衛的な危機意識を煽るぐらいなら大丈夫だろう。
「そうだな。
防犯カメラの映像は入手出来ているのか?」
おっさんが警官に尋ねる。
「デスクに届いている筈ですので今とって来ます!」
そう言って警官が早足で出ていった。
「ちなみに、安藤はちゃんと搬送先の病院で拘束されているんですよね?
単に経過観察の為の入院って事で病院の看護婦に任せている程度では本人が抜け出して来てもう一度襲撃する危険があると思いますが。
それとも、明日まで出歩けない程の重症だったんですか?」
おっさんが警官のいた場所に置いてあったファイルを捲り出したので尋ねる。
上手く病院の事を意識させれば何処だか読める・・・かな?
「ああ、ちゃんと傷害事件の可能性を考えて警官をドアの所に配備して抜け出せない様にしてある」
病院名と411号室と言う部屋番号がおっさんの意識に浮かんだ。
おっしゃぁ!