調査させよう!
「それってヤバく無いですか?
メールとかチャットで粘着質なメッセージとか来ていません??」
被害者な八幡先輩が狙っていた就職先を諦める羽目になるのは理不尽だが、流石に人の話を聞かない自信過剰男だってだけで企業に内定を取り消させるのは無理だろう。
それが通るなら被害妄想満載な女がクレームをつける度に誰かがクビになりかね無い。
振られた腹いせとかも危険だし。
最近は混んでいる電車の中だと、男性は痴漢容疑を避ける為に基本的に手は吊革や携帯を持って人目に着く場所に上げていると聞いた事があるが、それに近い状態になる。
混んでいる電車で、うっかり誰かに触れただけで下手をしたら社会人としての人生終わりって言うのは怖過ぎる。
痴漢をやるゲスは確かにいるけどさ。
でも、痴漢だと冤罪の証明もかなり難しい上に、駅で拘束されて出社に遅れるからなんて事で焦って書類にサインしたら罪を認めた事になって後から冤罪の主張すら出来ないらしいから、中々電車も男にとって怖い場所になったらしい。
それはさておき。
ヤバげなメッセージが来ていて、断っているのに繰り返しコンタクトしてくるなら警察に相談した上で接近禁止令を出してもらえるかも?
それがあったら内定者向けインターンシップも無理だからって内定先に相談したら上手くいけば粘着男の方が内定取り消しになるかも知れない。
ダメだとしても、ストーカー紛いな男の言動をなあなあで済まそうとするような人事だって入社前に分かるだけでも幸運だったと思ってすっぱり見切りを付けられるかもだし。
「流石にグループメンバーだから着信拒否とかブロックは出来ないでしょ?
だから個人的な連絡はしないでくれって書いたら『分かったよ、僕たちの関係は秘密なんだね』みたいな気持ち悪い返事が返ってきて。
それ以来はコンタクトは特には無いんだけど・・・インターンシップで会うと気持ち悪いウィンクをしてきたり、さりげなく腰に触れたりしてくる上に変な視線を感じるしで、参っちゃってて」
喫茶店に入ってパフェとコーヒーを頼んだ八幡先輩が携帯のスクリーンを見せてくれた。
確かに八幡先輩からの個人的にやり取りはしないと言うメッセージの後は要件のある情報伝達だけになっているが、なんかこう、全体的に思わせぶりな言葉遣いのメッセージが多い。
マジで、不倫カップルがお互いにだけで分かる暗号でイチャイチャしているような居心地の悪さを感じさせるメッセージだ。
「ちなみに、内定辞退はまだしていないんですよね?
その男が居なくなったらまだその会社に行くつもりですか?」
一番良いのはすっぱり切れる事だし、内定辞退して関係が切れるなら男の方の八幡先輩の記憶を消すと言う奥の手も使える。
だが、インターンシップで週1で会い続けるならそこまで強硬な手段は取れない。
「う〜ん、悩んでいるのよねぇ。
それなりに人財育成に力を入れている良い会社だって聞いたから行きたいと思っていたし、業界でも規模が大きいところだから仕事自体も入社2、3年で大きいプロジェクトに関わらせてもらえて、小さめな案件なら4年目から任せてもらえる人もいるって話だから、やり甲斐はありそうだと思っていたんだけど・・・」
溜め息を吐きながら悩ましげに八幡先輩が応じた。
最近は中途採用も増えてきたとは言え、日本では大学卒業時の就職が社会人スタートの一番重要な最初のステップだっ言うからなぁ。
悩ましいよね。
「以前、ちょっとした祝賀会で会った男性に微妙にストーカーっぽく興信所で調べられた事があるんですが、尾行していた奴に警察に行きましょうって詰め寄ったら『婚約者候補の素行調査だと依頼を受けていた』って言い訳された後に即座に手を引かれたんです。
その興信所を雇って誰かが八幡先輩をストーキングしていないかと、そのヤバい男が過去にストーカー騒動を起こしていないかとを調べて貰ったらどうですかね?
何も出てこなかったら就職活動で疲れていただけって安心できるし、何か出てきたらそれこそ内定先に相談して何かしてもらえるか、相手の対応を見るのも一つの手じゃありません?」
ストーカー騒ぎで被害者と加害者が同じ社内の人間だったら、会社側にできることは限られているかも知れない。
だが、それなりにしっかりとした調査結果があったら内定取り消しぐらいなら出来るはずだ。
逆にそれもしないような会社だったら何か事件が起きた時にも守って貰えないだろうから、さっさと見切りを付けるべきだ。
ヤバい男との関係さえばっさり切る決断さえ出来れば、後はそれなりに対応のしようもある。
「・・・そうね。
ストーカーに殺される事件なんかもよく聞くし、どうもアレって警察とかも出来る事は限られているみたいだからね。
会社を諦めるかどうかも、しっかり現状をはっきりさせてから決める方がスッキリするわね。
だけど、その興信所って信頼できるの?」
パクッとパフェを大きく一口食べて、味わいながら考えていた八幡先輩がごくんと飲み込んでキッパリと頷き、聞いてきた。
「そこそこ良い旧家のマザコン坊ちゃんが使っていた興信所みたいで、私が文句を言ったら直ぐに依頼を辞退したし、まあまあなんじゃないかと思いますよ」
比較的大きかったから気付いたら潰れてたなんてことは無いだろうし、私がクルミ経由で見た範囲では言動もそこそこマトモだった。
「じゃあ、ちょっとそこに頼んでみるわ。
詳細を教えてもらえる?」
頷きながら八幡先輩が言った。
「勿論です。
斑鳩家の素行調査で話をした長谷川の紹介だって言って良いですよ」
ある意味、向こうもうっかりストーキングの片棒を担ぎかけた相手なのだ。
借りがあると考えて誠実な対応をしてくれると期待しよう。