泥沼と一番の被害者
井戸の中に巣食っている悪霊2体から情報を収集したところ。
中々に微妙な話だった。
「まず最初に、夫が浮気して愛人と再婚しようと離婚を求めたのに妻側が頑として拒否したから、妻を殺そうとしたんだって。
だけど携帯に盗聴アプリを勝手に入れていた妻がそれを事前に知って、先に夫を夜中にトンカチで殴り殺して死体を井戸に投げ込んで隠したらしい。
で、周囲には夫が愛人と出ていってしまったって言いふらしたんだけど、当然愛人は自分と一緒に居ない事を知っているから問い詰めにきたんで、庭に閉じ込めているって嘘を付いて井戸のところまで誘い出し、突き落としてそのまま蓋をしてこっちも殺害」
庭に井戸があるなんて意外だけどねぇ。
しかも平和な日本の住宅地なのに、誰も彼も殺意がありすぎる。
まあ、井戸に関しては千葉県の台風で電気とかが大々的に止まった時とか、地震で停電が起きた時なんかに井戸があると便利だって話はあったから、昔からある住宅地なら井戸付きの戸建ても珍しくないのかな?
結局使わないからずっと蓋をしていたようだが。
と言うか、白骨死体が入っているんじゃあ非常時でも水は使えないよね。
「突き落として蓋って・・・溺死?」
碧が顔を顰めながら聞く。
「どうも水がそれ程なくって餓死したっぽい」
浮気相手の女の悪霊の方は餓死霊にありがちなガリガリにやせた手足に変に膨れ上がった腹の形状になっているし。
短期的な餓死だとそんなに体型が変わらない筈なんだけど、何故か霊はそんな感じに変形するんだよねぇ。
不思議。
「うわぁ・・・」
碧がドン引きした声を出した。
「夫は行方不明になったって扱いで、7年後に妻が失踪宣告して遺産相続してこの家も正式にゲットしたんだって。
で、名目上フリーになったし息子も独り立ちして出ていった後だしって事で男を連れ込んで自由にやっていたらどうもその男に殺された浮気相手の女の霊が取り憑いて、喧嘩を煽り立てて勢い余って妻を殺させちゃったの。
我に返った男は悪霊にそれとなく入れ知恵されて妻の死体をまたもやこの井戸に投げ込んで逃げて・・・結局夫婦の息子が居なくなった両親の家を取り敢えず面倒みて、7年後にこれまた失踪宣告して遺産相続して貸し出しを始めたって流れらしい。
両親両方が失踪宣告で推定死亡だなんて、怪しすぎるよね」
自分だったら絶対にその息子が殺人鬼だと思って近づかないわ〜。
「で、ここに夫と浮気相手の女と、妻の悪霊がいる訳?
あれ、でも悪霊は2体じゃない?」
碧が溜め息を吐きながら周りを見回す。
「なんと、最初に殺された夫はあっさり昇天したらしくて、悪霊化しなかったみたい。
女の方が執念深いねぇ」
お互いを恨み合った女の悪霊同士が一緒に井戸に閉じ込められているだなんて、悲惨だ。
「うっわぁ。
でも、結婚した相手に自分を捨てて浮気相手とくっつくって言われた場合、庭があるならそいつを殺して庭に隠したら7年後には遺産相続できるんだねぇ。
もっと世の中の浮気男が死んでないのが意外かも?」
碧が首を竦めながら言った。
「7年は長いからねぇ。
収入がなければ家を維持するのは経済的に苦しいだろうし、収入があるならすっぱり割り切ってあっさり離婚するんじゃない?
まあ、粘着質な人だったら収入に関係なく嫌がらせの為に再婚を邪魔するのかもだけど」
つうか、庭がある戸建てに住む人間は浮気をするのも気をつけた方が良さげだね。
以前の大学教授に執着した女のケースみたいに田舎の元地主っぽい家系ならまだしも、普通の戸建ての庭でもそれなりに死体を隠すのは可能だと思うと中々怖い。
「結局、唯一生き残っている人殺しは妻の浮気相手だけかぁ。
悪霊に影響されてって部分も多少はあるっぽいけど、完全に乗っ取られての行動じゃあないから責任は取らないとね。
となると、田端氏に電話するか」
碧が携帯を取り出した。
「そうだね。先に電話しちゃってから青木氏に報告した方が、青木氏も持ち主から恨まれにくいでしょ」
下手に警察を呼ぶのを賛成したなんて事実があると、事故物件化を面倒に思う持ち主だったら青木氏恨む可能性はある。
まあ、行方不明になった両親がどちらも庭にいたって知ることができて少なくとも疑問は解消されるだろうから感謝するかもだけど。
つうか・・・子供にしてみれば、絶対にそれなりに疑いを持っていただろうねぇ。
父親が消えた後の母親の行動とか、家の霊障とか。
母親が死んだ時点では既に同居していなかったとしても。
ある意味一番の被害者は息子だよねぇ。
絶対親戚とか近所の人に、親を殺したんじゃ無いかって疑われたでしょうから。