惜しむ気持ちは分かるけど
「少しは怠いの治った?」
沙那さんのいる部屋に戻ったらやはりうつらうつらと寝ていた様だったが、扉を閉める音に連動させて覚醒の術を描けたらスッキリ目覚めた。
「そうですね、ありがとうございました」
ぐいっと残っていたお茶を飲み終わり、立ちあがろうとした沙那さんに碧が手を上げて動きを止める。
「実は、今回の依頼は除霊だけでなく、霊に憑かれにくくなるよう訓練して欲しいって話も来てたの」
沙那さんの顔がぱっと明るくなった。
「訓練でなんとかなりますか?!」
「ちゃちゃっと何か習ったら直ぐにって言うのは無理ね」
あっさり碧が沙那さんの希望を打ち砕く。
「ただ、貴女ってある意味退魔師が術をかける為のエネルギーを常時薄っすらと垂れ流している様な状態なの。
だから霊にとって栄養満点で美味しいから、憑かれまくっている訳。
今回みたいな幽霊屋敷に行くのは自殺行為に近いし、普通に歩いているだけでも交通事故で亡くなった地縛霊とかにも好んで取り憑かれるし、普通に公園でピクニックを楽しむだけでもそこら辺の野良猫や鳩の霊にまで集られちゃうわ」
まあ、猫の霊に集られても多少疲れる程度でそれ程害は無いけどね。
「そんな・・・」
沙那さんがガックリと肩を丸めた。
ガックリすると本当に肩って丸くなるんだなぁ。
猫背な人はよく見るけど、姿勢が良かった人がガックリ背中を丸めるのって見ていると言い回しを見事に体現していて中々興味深い。
「退魔師としての訓練を受けたら多分そう言うエネルギーを垂れ流しにしているのは止められる様になるとは思うけど、その技術をマスターするのにどれだけ時間が掛かるかはちょっと不明なの。
私たちはまだ若いから弟子なんて取ったことがないから教えるノウハウも無いし。
だから、退魔師になりたいと思うなら知り合いなり退魔協会経由でベテラン退魔師を紹介してもらって正式に弟子入りする方が良いと思う。
少なくとも、我々はそう言う依頼は受けられる状態にはないから」
碧が後を続ける。
「私が退魔師になれるんですか?」
ちょっと不思議そうな顔をして沙那さんが言った。
今まで取り憑かれた実感はあっても、霊を実際に見たことはないらしいからなぁ。
まあ、霊視も訓練で磨ける技能だから多分なんとかなるとは思うけど。
少なくとも、ちゃんと訓練して魔力をしっかり制御できる様になればはっきりと視えなくても除霊できる程度に感知は出来る様になる筈。
「一応ある程度の術は使える様になると思うけど、退魔師として食べていけるだけの能力があるかは現時点では不明ね。
しかも退魔師に弟子入りしようと思ったら数百万円の礼金を最初に払わなければならない事が多いから、退魔師になる事が正解かどうかはわからない」
生成した魔素をダダ漏れにさせているせいで現時点ではそれ程魔力がある様に視えないけど、訓練して漏れない様にできたら魔力も増える可能性がある。
だから高額な初期投資が必要だとしても、退魔師になる事がお勧めできないとも言い切れないところが微妙なんだよねぇ。
「数百万!?」
沙那さんが唖然とした顔で聞き返した。
「そう。
だから親族にでも退魔師がいて相談してみて、確実に退魔師で食べていけそうと見込みが付かない限り経済的にはあまりお勧めできないかな?」
まあ、金持ちなんだったら数百万円を使い捨てても構わないのかもだが。
沙那さんが出費に微妙な顔をしているのはそこまで金持ちじゃないのか、単に経済観念がしっかりしているだけなのか、分からない。
「そこは沙那さんの希望とご両親の経済的余力とに左右されると思うから、しっかり話し合ってから決めてね。
ただ、退魔師にならないとしてもその超常な存在に影響を与えられる能力を根元から封じてしまえば、今のダダ漏れ状態が収まって普通に道を歩いている程度で霊に集られる事は無くなるわ。
これは退魔協会に依頼すれば比較的簡単に出来る筈」
自分から幽霊屋敷に行けば憑かれるだろうけどね。
「封じるんですか・・・」
沙那さんが微妙そうな顔で呟いた。
今までは退魔師の存在すら半信半疑だっただろうが、自分が退魔師になって魔術っぽいモノを使えるかもと思った直後にそれを封印する事を勧められても、直ぐには思い切れないんだろうなぁ。
『魔術』って言葉には夢があるしね〜。
でも、現世では霊を祓う以外、殆ど何も出来ないよ?
惜しいと思っても、現実的なメリットとデメリットしっかり認識して決断する事をお勧めする。