毟らないで良いんだ?
「今日、愛理ちゃんに会いに行って大丈夫か確認する事になっています。
虐待のトラウマに関するセラピーとか、お金の扱いとか、加害者への損害賠償をするか否か等に関して必要に応じて話をしようと思っていますが、理沙さんは何か愛理ちゃんと相談したい事とか言い聞かせたい事はありますか?
あまり時間が掛からない内容だったら夢を繋いで話し合える様にしますが、長すぎると記憶に残らないので私達が代わりに話し合っておきます。
あと、それが終わったら理沙さんには昇天して頂きます」
田端氏が帰った後、今度は理沙さんをクルミに誘拐して来て貰った。
もしも本霊が昇天する事に納得して居なくて、愛理ちゃんの前で悪霊化なんてしたら虐待を超えるレベルのトラウマだから、事前の話し合いは必須だ。
それに昇天する前に対処が必要な懸念事項も聞いておく必要がある。
『今、昇天しなければなりませんか?
せめて愛理が大学に入学するまで待って頂ければ・・・』
理沙さんが懇願してきた。
だよねぇ。
でも。
「死者がずっと生きた人間の側に憑いているのは危険なのです。
それにそういう気配に敏感な人はそれなりに居ますから、愛理ちゃんが虐められる原因になりますよ?」
碧が優しく言い聞かせた。
初代を先祖代々の家宝に憑かせてずっと知恵を貸すような手法も実は前世ではあったんだけど、これってかなりグレーな術だったし、継続的に魔力が必要だし、めっちゃ難しい術だしで、どう考えても普通の除霊費用で賄える様な依頼じゃないんだよねぇ。
というか、そんな術ができるなんて退魔協会にバレたら危険すぎるし。
『どうせ養護施設に暮らす孤児なら虐めの対象になりませんか?
せめて私が一緒にいる事で愛理の孤独を癒して相談に乗ってあげたいんです』
そうなんだよねぇ。
孤児って多分虐められるだろう。
愛理ちゃんの場合は立場が弱すぎるから表立って虐めたら一気に悪人扱いになりかねないんで、露骨な虐めって言うよりは差別程度だろうけど。
「でも、『両親を失って親戚に酷い扱いをされた可哀想な子供』と言うだけだったらこれから誰かと友情を築いていく事は可能ですが、『悩み事を幽霊と相談する頭のおかしい子』では友人関係の構築は難しいです。
理沙さんが残る事で愛理ちゃんが正常な人間関係を構築するのが難しくなり、結局大学に入ろうが就職しようが心配なのは変わらず、愛理ちゃんは一生理沙さんの幽霊とだけ親密な関係を持つ孤独な人間になってしまいます」
碧が冷静に指摘した。
「それに、死霊って死んだ後の世の中の動きとか、時の経過に対して鈍感なんですよ。
今だって、死んでから半年も経っているって実感できていないのでは?
いつまで経っても愛理ちゃんが8歳な感覚のままな理沙さんが相談相手になるのは愛理さんにとって良く無いですし、最新の時事情報を知る施設の職員や未成年後見人の弁護士の方と相談する方が、愛理ちゃんにとっても悩み事に対して最適な解決策を得られる可能性が高いですよ?」
初代を家宝に憑かせる手法があまりメジャーでなかったのはこれが理由だった。
死霊にとっての現状認識って、どれだけ色々な時事情報を教えても基本的に死んだ時のまま変わらないし、時間経過の把握もかなり大雑把だ。なので死ぬ前の情報について話を聞く分には役に立つけど、死後の変化に対応する為の助言役には適していないんだよねぇ。
ある意味、考え様によっては宗教団体なんかが初期の理念を忘れない為に使えば良いのになんて思わないでもないのだが・・・結局宗教が広がって利権が大きくなると初期の清廉で慎まやかな考え方なんて『時代遅れ』って事で軽視される様になるか。
まあ、元々黒魔術師がやる術なんて誰からも基本的に蔑視されていたし。
『そうですか・・・。
でも・・・いや、そうですね。
分からない事はネットで調べたり人に相談しなければならないのに、幽霊ではそれも儘ならないですし。
分かりました。
最後にお別れさえ言えれば結構です』
理沙さんが思い切った様に頷いた。
意外だ。
もう少し渋ると思ったんだけど、幽霊の限界点を既に感じていたのかな?
「ちなみに、理沙さんを死なせた損害賠償を叔母さんへ請求しますか?
被害者として理沙さんの希望を聞いておくべきでしょう」
愛理ちゃんの虐待に関する損害賠償は愛理ちゃんが決めれば良い。
ついでに理沙さんの分もやるかは愛理ちゃんが最終的に決めるべき事だが、理沙さんのインプットもあるべきだろう。
『・・・叔母には一生後悔するぐらい怖い思いをして欲しいのですが、何度か夢枕に立っても全然気にする様子がありませんでしたからねぇ。
私はどうでも良いので、愛理がしたい様に決めて良いよと伝えて下さい』
理沙さんがあっさり言った。
そうなんだ?
意外と恨んでないんだね。
私だったら殺されたら相手を呪い殺すか、せめて毟れるだけ慰謝料を毟ってやろうと思うけど。