だめだこりゃ
「あ。
逃げた」
昏倒結界を察知出来たのか、建物の中に入って来た変な感じに斑っぽい魔力の塊は結界に触れる前に止まってしまった。
そのまま鶏を襲うかと思って待ったが、そいつは次の瞬間に身を翻して逃げだした。
「甘い!」
碧が声を上げ、突然外に睡眠結界が現れる。
それに見事引っ掛かって動きが止まった塊を見に行く。
「うわ、何これ?」
パッと見にはイタチに近いだろうか。
尻尾が刃の様になっていて、そこだけ見ると前世で知っていた幻獣に似ているが・・・変な感じに身体が斑ら模様に薄れたり濃くなったりしている。
『ふむ。
死にかけておるの』
碧の横に現れた白龍さまがあっさり判断を下した。
「なんですか、これ?
尻尾だけ見るなら風鼬に似て見えますが・・・」
風鼬は風系の魔術を使う幻獣だったが、普通に肉体を持った幻獣な筈。
『幻』獣とは言っても、実際に幻な訳では無い。
隠蔽魔術で隠れる事はあっても、意識不明な状態で肉体の一部が薄れて見えなくなるなんて事は聞いた事が無いので、この状態は異様だった。
魂を見る限り、生霊ではない様なのだが。
『幻獣は体の一部が魔素で出来ておるから、魔術が使える。
普通に血肉を食べて獣として生きる分には魔素が薄い世界でもなんとかなる事が多いのじゃが・・・何かの拍子で魔力を大量に失い、体内の魔素均衡が崩れたようじゃな』
白龍さまが答えた。
魔術を使う存在はどれも身体の一部が魔素で出来ているのだろうか?
だとしたら、魔術師も魔力を使い過ぎた後にちゃんと魔素を回復できないとこんな状態になるのだろうか・・・。
これじゃあまるで透明人間のなり損ないの様だ。
怖すぎる。
「これって私が身体を治療したら元に戻るんですか?」
碧が動かない幻獣モドキを見ながら白龍さまに尋ねる。
同情しているみたいだけど・・・厳しいんじゃないかなぁ。
「なんか、変な感じに飢餓状態になっていて知性も殆ど感じられないから、下手に手を出さずにこのまま殺す方が良いと思う。
治療してペットとして飼うのも難しいし、身体を治して肉体的にだけ元気になったコイツに逃げられたら目も当てられないから」
久保田氏や奥さんを襲わなかったのは単にサイズが足りなかったのと、人間の急所である首まで飛び上がるだけの体力が無かったからだろう。
元々風鼬は人間を狙う事は少ないが、巣や子供を脅かされると人間を殺す事はある幻獣だった。
今は魔素が足りない飢餓状態になって手当たり次第に鶏を殺してその生体エネルギーを吸収していた様だが、だからこそ飛び上がれるようになったら人間も殺しかねない。
飢餓状態が治ったら知性が元に戻るかも知れないが、狂った精神が戻る保証はなく・・・普通に動き回れる風鼬を我々が殺せるかは非常に怪しい。
『そうじゃの。
元々人間よりも魔素要素が多い生き物がギリギリなんとか生きていたのが、バランスが崩れて死にかけているだけじゃ。
治してもまた同じ状況に陥って手当たり次第に命を奪う様になる可能性は高いし、身体だけを治してもこの世界では慢性的に魔素が足りない事に変わりはないから無駄じゃろ』
白龍さまがあっさり答えた。
妊娠でもして変に魔素のバランスが崩れたのか、それとも物理的に怪我をして回復に魔力を使い過ぎたのか。
妊娠が理由だとしたら、先日の柴犬フェンリルの母親がこう言う状態にならなかったのはめっちゃラッキーだったな。
鼬サイズの生き物なら鶏を襲うだけだったが、自動車サイズのフェンリルがこんな事になったら村一つぐらいが壊滅していてもおかしくなかった。
「そっか。
じゃあ、殺すしかないね」
溜め息を吐きつつ、碧がそっと風鼬モドキに手を触れ・・・あっさり命を断ち切った。
おお〜。
流石白魔術師。
命の扱いに関しては無敵だね。
私が魂を体から切り離そうとするとやはりもう少し身体を痛めつけないと難しいんだよねぇ。
元々魂って簡単に体から切り離せないモノだから。
「お疲れ様」
最初から殺さなければならない場合は自分がやるから刃物は必要ないと碧が言っていたのだが、こうもあっさり出来るとは・・・ちょっと意外だ。
「滅多に無いとは言え、万が一の妖怪相手の場合にも躊躇しない様に近所のマタギのお爺さんと一緒に狩りに行って止めをさす練習はさせられてたんだ。
まさか本当にあれが役に立つとは思っていなかったから文句ブーブーだったんだけどね。
今度お父さんにお礼を言っておかないと」
溜め息を吐きながら碧が言った。
「幻獣系の問題が起きるたびに白龍さまに境界をぶち破って異世界に移住させる手伝いを頼む訳にはいかないからねぇ。
それはさておき、名目上は私に来た依頼だったのにありがと」
出来れば生きてる幻獣系の依頼は今後あまり来ないと期待したいなぁ。
指名依頼のランク制限をしたから、それが効くと良いんだけど。