悪い前例は作らないに限る
「なんか凛のテイマー説が独り歩きしてるっぽい。
もしくは退魔協会が確信犯的に利用方法を探っているのかも」
大学から帰ってきたら、渋面な碧に迎えられた。
「はぁ?
今回は仔猫の躾みたいな微笑ましい依頼じゃないみたいだね?」
つうか、黒魔術の適性持ちならほぼ誰でも初歩的なテイマーとしてのスキルはある筈なんだけどなぁ。
やり方を知らないのか、それとも碧と一緒にいる私を枠に嵌めて上手く利用したいのか。
「なんか、養鶏場で鶏が死ぬ事件が起きてるらしくて、調べて欲しいんだって。
何羽も切り殺されたり、噛み殺されたり、外傷なしなのに病気と思われる症状も無しに死んでたりで、累計で何十羽も鶏が死んでいるから悪霊か・・・妖怪なんじゃないかって地主が言ってきたらしい」
碧がタブレットに届いた詳細を見せながら教えてくれた。
「イタチか狐が入り込んで、ついでに珍しい病原菌も持ち込んだんじゃないの?
それこそ、鳥インフルエンザで弱って死んでるのを、妖怪のせいにしてるとか」
病気だったら施設全部の鳥を殺処分する羽目になりかねないから、妖怪って事にすれば良いんじゃね?と思いついたんじゃないかと言う気がするが。
悪霊は基本的に鶏よりは人間を殺すし、妖怪なんてほぼ残っていないだろう。
まあ、こないだの柴犬フェンリルみたいな幻獣との混血の子孫が生き残っている可能性はあるかもだが。
「防犯カメラに鶏が襲われている場面が写っているのに、襲っている動物の姿が見えないんだって。
そんでもって鳥インフルエンザの検査は真っ先にしたらしい。
知られている病原菌は大体全部チェックしてもよくある普通の風邪程度しか菌が見つからないのに変な感じに死んでいる鶏がいるから、退魔協会に調べてくれって依頼が来て・・・調べに行った調査部曰く、確定できないけど何か居るかも?と言う事でテイマー説が出てる凛に指名依頼が来たって訳」
碧が不機嫌そうに言った。
「成る程〜。
私への指名依頼は禁じられていないし、ランクアップしたから指名依頼出来る様になったしで一石二鳥っぽく利用してきたね〜」
碧と組んでいる私を指名すれば、碧が付いてくる。
つまり、碧が合意しない限り指名依頼できないと言う合意に抜け穴が出来た訳だ。
「元々、私を指名依頼したらランク的に白龍さまの依頼料が安くなり過ぎるから、個人的にやりたいのは禁じないけど原則今のランクでは無しって話だったんだけど・・・どうも、受付か依頼の割り振りをしている現場レベルで恩を売るのに凛を利用する事を誰かが思い付いたのかも」
溜め息を吐きながら碧が言った。
確かに、組織全体としては碧の指名依頼は追加で報酬を出すと依頼人が頼む様な案件じゃない限り損だが、下っ端レベルでは碧を安上がりに派遣出来るのは依頼主なり地元の有力者なりに金を掛けずに恩を売れる都合のいい手段なのか。
「まあ、依頼の難易度が私に相応でちゃんとそれなりな報酬が出るなら指名依頼を受けても良いけど・・・妖怪って本当に居るの?
態々山の中の養鶏場に行って、何も見つからずに帰ってきたら報酬も出ずに私らが損するだけじゃない?」
「そうなんだよねぇ。
『何かが居るかも』ってだけじゃ解決できるとは限らないし、そこを白龍さまに頼って力技で解決させたいのかも。
人間を露骨に敵視する悪霊ならまだしも、被害が鶏じゃあ白龍さま付きの私を呼び出すだけの金を出す気は無いらしくって」
碧が溜め息を吐いた。
「つうか、原因が分からなくって正体不明な病原菌でしょうって事になって飼ってる鶏全部を殺処分なんて事になったら凄い損失なんじゃないの?
だったらケチらずに正当な報酬を出せば良いのに」
ある意味、冷たい言い方だが勝手に立ち入り禁止な場所に面白半分で入り込んだ若者を祟り殺す悪霊よりも、何百羽とか何千羽の鶏を殺処分することになる方が経済的ダメージは大きそうなものだが。
「人間を祟り殺す相手だと自分も死ぬかもって危機感があるから財布の紐が緩むんだよねぇ。
鶏を何十羽も殺せるなら人間だって殺せると思うんだけど、今のところ誰も死んで無いから危機感が無いらしい」
「まあ、養鶏場の経営が立ち行かなくなっちゃうのも、食べられる訳でもないのに殺される鶏も可哀想だから仕事を受けても良いけど・・・原因が解明できなかった時にペナルティがあるなら遠慮したいな」
ある意味、私と碧だけの能力で解決出来ない問題なら、『原因不明』と言う事で終わらせられる権利が欲しい。
白龍さまに頼らなきゃ解決出来ない問題を割安で熟す羽目になる悪い前例は作りたくないぞ。