猫はどこでも猫
「実は、長谷川さんに密かにお願いしたい事があって、今日はここに呼んで貰った。
本来の退魔師との仕事とは関係ないので、これは退魔協会経由の契約では無くなるが、ここで契約する事である程度信頼をして貰えると期待している」
退魔協会の職員から個人的な依頼が来ていると聞いて、珍しく碧でなく私に指名依頼??しかも何で依頼人と直接話し合う事が必須??と思いつつも、ミーティングにかかる時給分を払うと言われたので来た。
が。
退魔師の仕事ではない、と。
「違法行為や家族や友人に知られたくないような行為は、個人としてでも請けるつもりはありませんよ?」
流石に堂々と退魔協会に呼び出して違法行為が要求されるなんて事が横行するほど組織が腐っているとは思いたくないが、要求されて断るよりは、話を聞かない方がどちらにとっても角が立たない。
にっこり笑いながら予防線をひいたら、苦笑された。
「いや、多分大丈夫だとは思う。
実は・・・ウチで先月から仔猫を飼い始めてね。
どうしても躾が上手くいかないんだ。
君にちょっとしたテイマー的な才能があると聞いたので、もしかしたら助けて貰えないかと期待して今日は来てもらったんだ」
おい。
個人情報ダダ漏れじゃん!!
願わくは、このおっさんは退魔協会のお偉いさんで、業務の範疇でこないだの昇級テストでの事を知ったんだと思いたい。
「え〜と、猫、ですよね?
ある意味、禁止事項を精神に焼き付けるような感じでやらない様にさせるのは可能ですが・・・そこまでやっても良いんですか?」
勿論、使い魔にすれば精神に焼き付けるとまで行かないでも色々と禁止できるが、そうなるとこの人の家の中のことが私に筒抜けになる。
流石にそれは不味いだろう。
「焼き付ける、のか?
随分と物騒だな。
もっとこう、言い聞かせるなんて言うのは出来ないのだろうか?」
へにゃっと眉毛をハの字に下げて聞かれた。
おや。
厳しそうな見た目のくせに、猫には激甘タイプ?
だったら何でも笑って許しそうなもんだけど。
一体猫は何をやって困らせているんだろ?
「猫、ですよね?
『これを食べたら具合が悪くなるから齧ったり舐めたりしないようにね』とか、『ここから飛び降りたら死ぬよ』なんて事を伝えるのは可能ですが、『これを落とされたら困るんだけど』とか『不潔だからトイレに行った足で食卓やキッチンカウンターに乗らないで』なんて言う人間側の嗜好に基づいた要求は言って聞かせても、『大丈夫』とか『私は気にしないから』的な返事しか返ってこないので、猫相手に『説得』は無理ですよ」
犬なら、飼い主がちゃんとボスとして認識されていたら飼い主の命令を伝えてまだ役に立てるかもだが・・・猫はねぇ。
下僕の言葉なんぞ聞かないし、聞いても歯牙にも掛けない。
「テイマーの従魔っぽい感じに契約を繋いじゃえばかなり言う事を聞かせられますが、そうなると私が『ご主人』になってしまいますし」
番犬ならまだしも、飼い猫相手にそれは切ないだろう。
こっちの言う事を聞いてくれない癖に、偶に長時間出掛けていると出迎えしてくれたりするツンデレ具合がツボだとは言え、完全に下僕扱いされて第三者が優先ではねぇ。
情報漏洩的なリスクもあるし。
「風の結界でも展開出来るなら、近づいて欲しくない食卓や台所をそれでカバーすると言うのも手ですよね。
猫サイズに対してだけ発動する様にすれば人間への不便は最小限に抑えられるでしょうし」
偶然猫サイズの何かを持って移動している時に引っかかる可能性はゼロではないが、人間が手に持っているなら合わせて認識されるよね?
イマイチそう言う繊細な風結界には縁が無かったので詳しくは知らないが。
前世では防犯用は雷系か水系の結界が多かったんだよねぇ。
結界に弾かれた証拠が残らない風結界ってマジで子供やペットの躾程度にしか使えなかったし、ペットだったら魔力を込めて念話する事で精神に軽く焼き付ける形の躾が一般的だった。
人間ですら制約魔術でガンガン縛る世界だったのだ。
前世ではペットの躾で『精神に焼き付けるなんて可哀想』と言う様な柔い事を言う人間はほぼ皆無だった。
「なるほど・・・。
中々難しいんだな。
家中のケーブルやベルトや紐をガンガン齧られてどうしようかと頭を抱えている時に先日の昇級テストの結果報告を読んで、もしかしたら・・・と我儘を言ってしまった。
すまない」
残念そうな顔をしていたが、普通に頭を下げて来た。
意外だ。
退魔協会の幹部って腐った金の亡者ばかりだと思っていたんだけど。
まあ、ペット愛と金への執着は別物っていう人間も多いけど。
「充電ケーブルは使っている時以外は箱か引き出しに入れて仕舞い、使う時は本体を含めて全部をカバーの下に隠すと良いですね。
家電のケーブルは百円ショップにあるケーブルカバーを巻きつけると意外と効果がありますよ。
ベルトは・・・ウォークインクロゼットの扉は常に閉めておくのが一番かと。
その他の紐は出来るだけ出さないか、噛んでも飲み込めない程度に頑丈で太いのにする事をお勧めします」
源之助の対策で色々ウチらが頑張った事を教える。
まあ、うちはシロちゃんが居たから大分と被害は軽減されたんだけどね。
「なるほど。
言い聞かせて躾けるのではなく、出来ないようにこちらが生活を変えるのか。
参考になった、どうもありがとう」
重々しく頷き、おっさんが出ていった。
うむ。
面白い出会いだった。