勇者?
「凛の世界にテイマーっていたの?」
動物園でペンギンや北極熊の泳ぎを満喫し、その他動物も愛でてから帰宅してお茶を飲みながらまったりしていたら、源之助を撫で回し過ぎてタシタシ叩かれていた碧が聞いて来た。
寂しかったのか源之助も逃げてないけど、『タシタシ』が出て来たらやめないと、逃げられちゃうんじゃない?
「多分あれって黒魔術適性の極弱いのだったんじゃないかなぁ?
人間とは魔道具なしに意思疎通とか強要は出来ないけど、負けを認めた相手なら使い魔契約で意思疎通とコントロールが出来る感じな人はいたんだ。
金で裏切る人間の代わりに狼や魔物や弱い幻獣と使い魔契約をしているテイマーという職業はそれなりに人気だったわ〜。どれだけ訓練しようが才能が無ければ絶対になれなかったけど。
大抵の場合は普通に黒魔術師でも出来る程度のレベルの事なんだけど、ごく稀に才能が特化してるのか王宮魔術師レベルの黒魔術師でも出来ないような強力な魔物や幻獣と使い魔契約をしている凄腕もいたね」
ある意味、黒魔術師系の才能だったらあれが一番無難だった。
ただ、残念ながら適性テストでテイマーレベルの弱い才能は黒魔術師の才能とは別物として認識されたから、黒魔術師じゃ無い振りをしてテイマーになるのは前世では無理だった。
考えてみたら、黒魔術師の適性を弱そうになんとか偽装してテイマー判定してもらえる様に出来たら来世の人生薔薇色かも?
とは言え、適性判定が15歳より前だったらどれだけ現世で研究しても手遅れなんだけど。
「へぇぇ、面白いね。
テイマーなんて、ちょっと憧れる」
碧が源之助にちょっかいを掛けるのを諦めてお茶に手を伸ばしたら、今度はそれを不満に思ったのか源之助がすちゃっと立ち上がって碧の膝の上に来て紅茶の入っているマグに頭を突っ込もうとしている。
猫だねぇ。
天邪鬼って猫の為にある様な言葉だと思う。
「まあね。
魔術師の方が高額を稼ぎやすいけど、それこそ冒険者みたいな働き方をするならテイマーになって動物や幻獣を味方にする方が無難かも」
万が一、黒魔術師に対して国による規制がなくって自由に職業を選べるとしても、黒魔術師じゃあ冒険者として働くと周囲と軋轢が生じそうだし。
死霊使いとして働くなら黒魔術師も無敵に近いが、冒険者としてパーティを組む場合に依頼者を含めた周囲への印象が悪すぎる死霊使いは微妙だ。
かと言って普通の黒魔術ではある程度のデバフは出来るにしてもイマイチ戦闘には向いていないので、報酬の分配で絶対に不満を持つ者が出てくるだろう。
その点、テイマーだったら使い魔は肉さえちゃんと分け与えれば他の通貨系の報酬にはあまり執着しない事が多い。
使い魔なら勝手に発情して『誘ったお前が悪い』とかふざけた事を言ってこないし、金に釣られて護衛対象を売ったり、女や酒に釣られて次の仕事の機密を漏らしたりもしない。
まあ、根本的な話として根無草に近い冒険者になるよりは普通の魔術師として生きる方が収入は安定しているんだけど。
精神科医とか悪霊祓いとかをやって魔術師として働けるなら、冒険者よりそっちの方が絶対に良い。
結局、肝心なのは来世で黒魔術師に対する社会の敵意がどのくらい積み重なっているかだよねぇ。
願わくは来世が平和かつ魔素があり、しかも黒魔術師への偏見がない世界である事を祈りたい。
『帰ったぞ』
そんな事を考えつつ、猫じゃらしを源之助に向かってちょいちょいと振っていたら突然白龍さまが現れた。
白龍さまの転移ってどのくらい魔力を消費するんだろ?
境界をどこでも好きなところに開けられるとも思えないけど、どんな風に北海道の依頼現場からここまで来たのか、ちょっと気になる。
「おかえりなさ〜い!
あの仔、何とか幻獣界でやっていけそうですか?」
牛サイズ柴犬のモフモフ具合を思い出したのか、碧が手をワキワキさせながら尋ねた。
『うむ、幸いあやつの曾祖父たるフェンリルが界を繋いだ先のそばで寝ておったのでな。
面倒を見ると言っておったぞ』
機嫌良さげに(多分)白龍さまが教えてくれた。
「曾祖父、ですか。
北海道の境界って案外と最近まで開いていたんですか?」
フェンリルの繁殖とか子育てサイクルが何年程度なのかは知らないが、流石に何千年ってことはないと思うのだが。
『お主らの言う戦国時代前後ぐらいから和人があの島に進出して住み着く様になって争いが増え、人間の撃退と境界の維持の両立が面倒になって最終的に諦めたと言っていたぞ。
現地の狼との子が残ったらしいが、どうしても魔素が弱いせいで中々仔が上手く育たなかったらしい。あの子供の親は母親側がフェンリルの血を引いていたせいで仔を産んだ際に使った魔力が回復せず、若死にした様じゃ』
若死にって・・・戦国時代のいつかにもよるけど、あれって15、6世紀の筈だから大体700年ぐらい前??
それで曾祖父って一体子育てにどんだけ時間が掛かるんだ??
まあ、雄が現地の雌狼に子供を産ませても、フェンリルの血が上手く継承しないか死ぬかが多かったんだろうけど。
「ちょっと寂しいですねぇ。
でも、曾祖父さんが面倒を見てくれそうで良かったですね!」
碧がオモチャで源之助を誘惑しながら言った。
確かに1匹だけ周囲と違ったら群れのボスとして君臨するとしても孤独ではあっただろうなぁ。しかも明治以降は狼そのものも殺されまくっただろうし。
しっかし。オスが現地の雌狼や雌犬に仔を産ませるのはまだしも、フェンリルの血を引いたのが雌だと仔を産むのに魔力を消費しちゃうのかぁ。
あの牛サイズの仔の母親となったらそれこそ最低でも牛サイズ、下手したら象サイズだと思うんだが・・・それ相手に普通の犬が発情するなんて、父犬はある意味勇者だな!




