悪人はしぶとい
「・・・ちょっとハーブを入れすぎたね」
トマトソースの試作品を塗って、チーズと一緒にトーストしたピザパンを齧った碧が微妙な顔をして言った。
「ブレンダーで粉々にして混ぜたのが失敗だったのかも?
でもトマトソースに葉っぱは入ってない気がするから、やっぱり総量が多すぎたか」
ネットで見たレシピは好みでハーブを各種少量って感じに書いてあったんだよな〜。
寒村時代ではハーブなんてオシャレな物は無く、単に食べられる草で香りが比較的良いものを気休め程度に利用していた。スーパーで手軽に買える今世だからこそ!と小匙1杯分ぐらい入れてみたのだが・・・ちょっと多すぎたらしい。
入れすぎて実感したけど、ハーブって野菜と違ってかなり味に癖があるんだね。
もしかして、ローリエとかは入れて煮込んで、食べる前に出して捨ててるのかも?
まあ、もしも来世でソースとかを自作する羽目になったら多分ハーブの入手もそれなりに大変だろうし、ブレンダーも無いだろうからここまでどぎつい味にはならないだろう。
何とか食べ終わり、お皿を片付けた碧がリビングに行ってテレビをつけた。
丁度やっていたニュースでどこぞの独裁国家が色々やっているという話題になっている。
「なんかさぁ、アメリカとかロシアみたいな大国なら分かるけど、良くぞ国民が飢え死にするようなしょぼい国の独裁者が呪殺されないもんだよね。
ある意味、術師が表に出て無いから守りも薄そうなもんだけど」
碧がテレビを見て呟く。
「まあねぇ。
きっとこう言う独裁者的な悪人って自分のライバルとか都合の悪い人間を暗殺しまくっているから、呪殺も含めて対応は万全にしてるんじゃない?」
アジアなんかは開発独裁っぽい感じに昔はやっていた国も多いらしいから、『独裁者』が『悪人』であるとは限らない。
それでも国民が飢え死にしてるのに自分の権力を保つ為の軍事費に湯水の如く金を注ぎ込んだり、ちょっとした部族間の争いが起きたらどさくさ紛れに自国の少数民族を虐殺したりしている独裁者は悪人だろう。
そんでもってそんな悪人が権力の座に就き続けているって事は邪魔になるライバルや正義感の強い野党とかは殺している可能性が高い。
「そっか。
悪人の方が安易に邪魔者を殺そうとするから、自分も殺されるかもって危機感が強くて自衛策もしっかり講じているのか」
碧が溜め息を吐く。
「呪詛なんてそれこそ踏み躙られた弱者が権力を悪用する人間に対して使うべき術だと思うけど、残念ながらクソッタレな権力者って中々死なないんだよねぇ」
前世でも、理想に燃えた正義感の強い貴族とか商会トップとかの方があっさり死んだり失脚したりしていたものだ。
まあ、時折がっつり命をかけて王族とかに噛み付くのに成功する人達もいたけど、それでも一族ほぼ全ての命を消費してクソッタレな権力者は全部どころか中堅レベルを数人だけしか道連れに出来なかったからねぇ。
費用対効果はかなり低かった。
クソッタレな権力者を守る側で扱き使われていた私が言うべきセリフじゃ無いけど。
「まあ、呪詛なんて主に悪人が活用する術だから使い慣れてそうだしね。
正義感の強い人間だったらたとえ悪人を排除する為でも暗殺とか呪詛とかを使うのって躊躇するだろうし」
碧が溜め息を吐いた。
「もっとも、メディアとか世論とかって金と人手があればかなり操作出来ちゃうからねぇ。
悪人だって世間的には叩かれている人が本当に悪事をしたかなんて分かったもんじゃないから、殺すなんて言う最終的な対処方法を使うのは良心的な人だったら躊躇するだろうし。
自己中な悪人だったら自分に邪魔な人間を排除するのに躊躇わないから、やっぱり悪人の方が上手く長生きしそう」
表面的な情報で人を殺していたら、そのうち絶対に間違って単に情報操作が下手だったまともな人もうっかり殺してしまうだろうし。そうなったら正義のためって思っていてもそいつは実質悪人だ。
大体、殆ど全ての事にはプラスとマイナスの面があるのだ。
完全に一方的な悪なんて、それこそ精神異常な殺人鬼ぐらいのものだ。
悪徳企業とか汚職まみれな政治家だって、誰かの生活費を稼ぐ役には立っている。
単に、そいつのせいで害される人間の数が得する人の数より大きいだけで。
「そう考えると退魔協会の仕事って呪詛を消したり悪霊払ったりで、単純に正義の味方っぽい仕事が多いから精神衛生上は良い仕事なのかもね」
突然鳴り出した電話のコール番号を見て、テレビを消した碧が言う。
まあねぇ。
退魔協会が微妙なだけで、仕事そのものは悪くはないよね。