鑑定モドキは
「これはダメだよねぇ」
何やら毛の生えた斑らな物体が浮かんでいる瓶の中身を見て、思わず溜め息が漏れた。
「だねぇ。
洗いすぎはダメだけど洗うのが足りないと黴るなんて、ハードル高い〜」
一緒に覗き込んでいた碧が歌う様に言い、あっさり毛の生えた瓶の中身を流しに捨てた。
先日の山崎邸の除霊も問題なく終わり(お兄さんも無事回復師の治療を受けられ復帰したらしいが、寝たきりになった際に流れた婚姻の話はそのまま立ち消えたらしい)、サークルの方で食べ物関連の検証をそれとなく提案したら、残念な事に柔らかいパン用の酵母菌ではなくカレーの手作りで話が決まってしまった。
カレーはねぇ。
好きなんだけど、どう考えても知らない人には見た目が美味しそうでない上に、値段的なハードルが高そうだからねぇ。
一応サークルでやる日には参加するけど、あまりやる気は無い。
それよりも、パンの方が日常生活的に重要なので自力で酵母菌製作を試すことにしたのだ。
米やジャガイモの方が食べるのは楽っちゃあ楽なのだが、あれらはその食材が手に入らなかったらどうしようも無い。
その点、酵母菌でパンを焼く技術は小麦粉がなくても米粉やとうもろこしの粉でも多分活用できるだろうから、知っておいて損は無いはず。
なのでネットで作り方を調べて始めたのだが・・・最初の実験では頑張って洗いすぎて菌が無くなってしまったのか、いつまで経っても上手く発酵しなかった。
二度目の今度は『なぜ酵母菌作りに失敗したのか』と言うサイトの情報を参考に、そこまで洗わずにやってみたら雑菌が多すぎたのかどうやら発酵では無く腐敗したっぽい。
「洗いすぎず、カビない程度にって中々難しいねぇ。
それこそ凛の前世って色々魔術が発展していたんだから、鑑定魔術とか無かったの?」
碧が聞いてきた。
「アカシックレコードにアクセスして情報を得る様な鑑定って言う術は、無かったねぇ」
それこそ私の転生の術を開発した古代文明だったらあったのかも知れないが、私の前世の時代には逸失していた。
伝説としてすら聞いたことがなかったから、存在しなかったんじゃないかなぁ?
ある意味、魔術とか幻獣が実在する世界だったから、日本よりもそう言うファンタジーっぽい想像が無い世界で『お偉い賢者様だったら出来るんじゃないか』系の考えすら無かった。
まあ現世だってファンタジーの小説以外で、人や物を見て技能やバックグラウンドが分かる機械なんぞ作れるとは誰も思わないから、同じか。
「・・・なんか妙に限定的な否定だったけど、アカシックレコードにアクセスする系以外だったらあったの?」
機械で人物のスキル鑑定とかをどうやりゃ出来るんだろうなんて考えていたら、碧が私の返事に引っ掛かったのか聞き返してきた。
「う〜ん、ある意味辞書的な鑑定っぽい知識を集める術は、試す下衆が時々出てきたんだよねぇ」
人間のスキルや能力を見分ける的な鑑定は、魔力適性確認の魔道具以外には無かったけど。
「下衆?」
「要は、大量の情報を詰め込んでそれを任意に呼び出せれば良い訳でしょ?
で、それに詰め込んだ情報を忘れないって要件が付くと、『精神に焼き付ける』って言う方法が一番確実なの。
ただ、自分の精神にありとあらゆる情報を焼き付けていくなんて嫌だから、小さな子供を攫ってきて試すロクデナシが時々出現したんだよねぇ」
精神に焼き付けるのは当然黒魔術だ。
鑑定モドキを実現しようとして黒魔術師の悪名を広める下衆は数十年に一度は出てきていた。
だから黒魔術師の扱いを良くしようって人間も中々居なくって、マジで迷惑だったんだよねぇ。
紙に書き出すと盗まれたり、褪せたり無くしたりするから自分に隷属させた人間に覚えさせて連れ回せば良いと考えるらしい。黒魔術師だったら相手の精神に同調して記憶を読めるから、文字よりも正確な画像で情報を入手出来るし。
「子供の方が頭が柔くて記憶力が良いと言っても攫ってきちゃあダメでしょうに」
碧が顔を顰める。
「しかも精神に情報を焼き付ける痛みを嫌がらない様に痛覚を麻痺させ、反抗しない様に感情も認識できなくして実質ロボットみたいな感じに精神構造を作り変えちゃうから、被害者が狂う前に救出できても人格は壊れてる事が殆どだって話だった。
しかも狂ってもそのまま使って、死んでも死霊を使い魔として使い続ける奴も居たらしいし」
どんな人間でも、攫ってきて術をかけたら何でもかんでも記憶して情報を呼び起こせる様になる訳ではないらしい。
そう言う不幸で稀な適性があるのが不味い相手にバレると、魂が摩耗するまでこき使われる事になるのだ。
酷い場合なんかでは、黒魔術師の悪事がバレて捕まった後、狂った被害者や使い魔となった死霊を国が確保してそのまま利用し続けるなんて事もあったらしい。
私の時代にはそんな不幸な魂は残って居なかったが、禁書の中にはそうやって150年近く便利に利用され続けた死霊の話が残っていた。
「うへぇ。
死んでもこき使われるなんて救われないね。
今だったら携帯で調べたいことの写真を撮ってネットで調べれば、かなりなんとかなりそうじゃない?
とは言え、瓶の中で上手く酵母菌が増えているか否かは今でも凛の前世でも、結局毛が生え始めるかシュワシュワ泡が発生し始めるまで分からなそうだけど」
碧が顔を顰めて言った。
「だね〜」
来世とかその先の人生で鑑定という術が身に付いたら面白そうだけど・・・最初に転生を始めた人生での魔力適性がずっと続いている事を考えると鑑定系の術って存在しても習得は無理な気がするなぁ。