偶然と運
「コムギちゃんがすっかり元気になってる!!
どうもありがとうございます!」
キャリーケースの上から顔を出して、ふんふんと手の匂いを嗅ぎながら前足でタシタシじゃれついてくるコムギに感激した様に山崎《飼い主》さんが碧にお礼を言った。
「いえいえ。
これも神の優しさの具現化だと思って頂ければ。
暫くは元気だと思いますが、周囲の状況が変わらない場合は数ヶ月ほどでまた再発すると思いますのでお気をつけ下さい」
碧がコムギの頬をすりすりと撫でながら言った。
「ちなみに、これは『祈祷』です。
法律で色々と厳しく規制されている『治療』ではありませんので、もしも誰かにコムギちゃんの不調の事をお話になる場合はそこの違いをはっきり認識しつつお話して下さいね」
山崎さんに注意しておく。
普段の客だったら基本的に碧の事を必要以上に話そうと思わない様に意識誘導しておくのだが、退魔協会に行くとなると碧の事も『必要』と感じる可能性があるし、意識誘導の痕跡が残っているのがバレるのも不味い。
黒魔術師じゃなければよっぽど不自然な強制をしていない限り緩い意識誘導なんてそうそうバレないが、退魔協会にも黒魔術師の適性持ちがいたからねぇ。
私の出来る事の情報はできるだけ漏れないようにしたいから、今回は口で注意するだけに留めた。
「ちゃんと効果があるのに厳しく規制されているんですか?」
山崎さんが驚いた様に尋ねる。
「医者と違って資格制度が確立していない為、詐欺師と本物の見分けが難しいって事で医療行為は動物に対するものも含めて実質一律に禁じられているんですよ。
人間はそれでも大手医療機関に行けば能力持ちによる治癒もそれなりに対価を払えば受ける事が可能ですが、動物はそうもいきませんからねぇ。
ですから神の慈悲に縋る祈祷をしています」
碧がにっこり笑って答えた。
まあ、それに碧は白龍さまの愛し子だからね。
碧の祈りに白龍さまが応じたのか、碧個人の能力だったかなんて、誰にも証明できないから『祈祷で治した』と主張したら通るだろう。
病気に苦しむ哀れなペットの為に祈ってはいけないなんて誰も言えない。
祈祷する方の資格はちゃんと持ってるし。
もっとも、今回は瘴気が原因っぽいから普通の瘴気祓いの祈祷でも大丈夫だったかもだが。
そう考えると神頼みも意外と効く場合がありそうだ。
効果のある祈祷が出来る神社の割合が三分の一程度って事で効く確率が大分下がっちゃうのがネックだけど。
「分かりました。
私にも瘴気が憑いているんですよね?
では神社で宮司に言われたと言う事にして、退魔協会の伝手を頼ります」
こちらの言いたい事を分かってくれたらしく、山崎さんがあっさり頷いた。
退魔協会の依頼料にびっくりするかもだが、まあ碧の祈祷はボランティアなのだと思って貰おう。
普通に獣医にかかって手術したり入院したりしても何十万円も掛かるんだ。
人間相手でも保険無し対応だと高くつくんだと思えば納得できるかな?
謂わば、アメリカとかのバカ高い医療費と同じだな。
もっとも、あちらは大手製薬会社とか医療品メーカーの寡占化が進んで、患者ではなく株主優先の利益最大化に邁進しているせいで保険云々を抜きにしても費用が高騰しているらしいが。
◆◆◆◆
『とある旧家の敷地にあった慰霊碑の浄化をお願いしたいのですが。グレードはB級になります』
退魔協会から電話が掛かってきた。
チュー助との追いかけっこに夢中になっている源之助が突っ込んできそうだったので、慌ててチュー助を隠して源之助の動きを止める。
B級って言ったらそれなりに危険って奴だった筈。
ウチらに取っては碧がいれば基本的に対応出来ない案件なんてないんで、グレードなんて大して実は意味ないんだけど。
「慰霊碑、ですか。
誰かが壊したんですか?」
旧家の敷地内にあったのが壊されるなんて珍しいが。
子供の悪戯かな?
最近の子は庭で暴れるよりも家の中でゲームをしてそうだが、折角外に出て動き回っても慰霊碑を壊してるんじゃあ健康には悪そうだ。
『離れを建てようと敷地の一部に重機を入れて作業を始めたら、うっかり林の中に隠れていた慰霊碑を割ってしまったそうです』
おいおい。
個人宅の敷地の中に林とは、凄いな。
しかも慰霊碑があったのを忘れていたって事?
それとも慰霊碑なんて過去の遺物で適当に壊すなり動かすなりすれば良いと思っていたのかね?
「場所はどこですか?」
碧が尋ねる。
遠くだったらウチらがやる必要はないよね。
以前だったら温泉旅行のついでと言う考えもあったけど、今じゃあ源之助に留守番をさせてまでして遠出はやりたくないし。
『横浜の方です。
横浜駅まで車の送迎を出すとの事です』
ふうん?
まあ、鎌倉よりは近くて良いね。
実はウチだったら埼玉の方が近いけど。
「分かりました。
今週だったら・・・明日と金曜日、来週なら火曜、木曜、金曜が空いていますが」
私が頷いたのを見た碧が、スケジュールアプリで空き予定を確認して退魔協会の職員に伝える。
『依頼主様はできるだけ早くとのご希望ですので、では明日でお願いします。
メールで資料を送りますね』
あっさり話が決まり、電話が切れた。
基本的に週末のうちのどちらかはペット専門祈祷をする為に空けてあるので、最近は余程のことが無い限り週末は退魔協会の仕事はやらない事にしている。
別に退魔協会の依頼に週末手当とか無いしね。
「あれ?
依頼主の名前が山崎だって」
資料を見ていた碧が声を上げた。
おやま。
指名依頼の話は無かったから偶然なんだろうけど、ある意味山崎さんってかなり運が良い人??