神はいるけど
「では、コムギ君をお預かりしますね」
碧が山崎《飼い主》さんに声を掛けて、キャリーケースに入った犬を引き取った。
『飼い主は頼んだ!』
碧から念話が飛んでくる。
おいおい。
社交性は碧の方があるんだから、こう言う時の話し合いはそっちの方が得意でしょうに。
まあ、そうは言っても私もいつまでも碧に交渉役を全部押し付ける訳にはいかないか。
少しは頑張ってみよう。
全然ダメだったらこれから30分の記憶をぼやけさせて、碧と相談だ!
「山崎さんは神とか陰陽道とか退魔師とかいった超常の力をどの程度信じていますか?
大切な家族が病気だったら藁でも縋る気持ちで来ている方もいますし、真摯に神の存在を信じている方もいるのでちょっと統計を取る様な感じでお尋ねしているんですが、良かったら教えていただけます?」
お茶を出して何とか苦手な雑談を始め、さり気なく(と期待したい!)退魔師の話題を持ち出す。
「知り合いに親戚が退魔師だって人がいるんで、そう言う職業が実は存在すると言うのは知っていましたが・・・失礼ながら、答えは『あまり退魔師も神も真剣には信じていない』ですかね?」
小さく笑いながら飼い主が答えた。
「まあ、いつの時代でも宗教に傾倒しすぎると狂信的になりますからね。
私としては信じすぎるよりは多少懐疑的な方が健全だと思いますよ」
こちらも小さく苦笑しながら応じる。
退魔師に伝手があるなら退魔協会へ依頼を出せそうだ。
良かった。
こちらから斡旋するのも微妙だからねぇ。
「こう、神が存在としても人間の頼みを聞く謂れはないと思いますし、お金で神の助けが得られる事自体、怪しい気がするんです。
神は存在するにしても、その御心を伝える宗教組織は本当に神の御心を真摯に伝えているか、分かりようが無いのだから・・・信者が真摯に信仰すればするほど、宗教組織が腐敗して利益誘導組織化するんじゃないかと思うんですよねぇ」
飼い主さんが続けた。
確かに!
前世でも、地域的とか政治的要因でライバル組織のない宗教団体は腐敗が酷かった。
「一理ありますね。
ちなみに、退魔師に関しては?
人の恐れ生み出した迷信だと思いますか?」
少なくとも、昔はそう言う輩も多かっただろうとは思うし、今でも霊媒師とか新興宗教の教祖とかのかなりの数は詐欺師だろう。
「実際に個人的に信頼している人間が親戚の事を退魔師として認識している様なので、迷信だけではない技術があるんでしょうね。
実在する技術だとしたら逆に何故迷信扱いされているのか不思議ですが」
肩を竦めながら山崎さんが応じる。
本当にねぇ。
まあ、キリスト教やイスラム教の社会では宗教組織が魔術を弾圧したから今更『実は単なる技能です』とは認め難いところがあったのだろう。
内部に取り込んだ魔術師は『神の奇跡の具現者』みたいな扱いらしいけど。
日本は明治維新の欧米迎合時代に扱いをあちらに合わせてきた上に、第二次世界大戦後の占領時に完全に表の社会から消された感じだ。
占領軍の上層部に宗教団体のお偉いさんがプレッシャーでも掛けたのかね?
戦後日本の『救済』と言う名目でそれなりにキリスト教の団体が寄付を交えた布教活動したらしいし、宗教団体の魔術師や退魔師の存在を許容したくないスタンスに自発的に忖度した可能性もある。
流石に今となっては悪魔の手先とは信じていないだろうが。
・・・信じていないよね??
変な異端審問官に暗殺ターゲットにされるのは嫌だぞ。
考えてみたら、異教の神の愛し子である碧なんて下手をしたら異端審問官に狙われかねない??
まあ、今どきそんな時代遅れな狂信者は居ないよね?
そこまで碧も有名じゃないだろうし。
「キリスト教やイスラム教では魔術は神の教えに反するらしいですからね。
戦後の占領時に色々と法改正されたらしいですよ。
流石に違法化までは至りませんでしたが。
ところで。
実は、悪霊とか瘴気とかって本当に存在するんです。
瘴気に晒されすぎると健康を損ねる事があるし、どうも人間よりも小さなペットの方が先に影響が出る様なんです。
山崎さんも瘴気がちょっとこびりついているようなので、体調不良とか夢見の悪さとかで心当たりがあるようでしたら、その知り合いの親戚の人に退魔協会を紹介して貰って何が起きているのか調べて貰った方が良いかもしれません」
そっと表面的な記憶を読んだところ、どうやら飼い主の方も最近あまり体調が良くないようなので、上手くいけばこれでなんとかなるかな?
じゃなきゃこの神社で本人の方もお祓いを頼むと言うのもありだけど。
一時的とは言え、それで大分と気分は良くなる筈だ。
「退魔協会、ですか?」
山崎さんが目を丸くしながら聞き返してきた。
「個人だと詐欺師の可能性がありますからね。
退魔協会はちゃんと立派な建物にそれなりの人数の職員がいる組織です。
もしもその知り合いの親戚に紹介された場所がそう言う組織でなかった場合は、この神社の黒崎さんに聞いても良いかもしれません」
流石に大掛かりな詐欺集団は存在しないだろうから、その知り合いの親戚だって言う退魔師が詐欺師だとしても金を払う前に分かるだろう。
「こちらでお願いする訳にはいかないのですか?」
山崎さんが微妙そうな顔で聞いてきた。
「祈祷は宗教活動としてかなりの自由度が認められるのですが、残念ながら退魔師としての業務は色々と法的制約があるのです」
それに依頼の金額が全然違うしね!




