体重
「なんか最近、源之助が飽きっぽくなった気がする」
ローテーブルの陰に隠れて碧が動かすオモチャをじっと凝視している源之助に目をやりながら碧が溜め息を吐いた。
「飽きっぽくって言うか、完璧を期す様になって闇雲に突っ込まなくなっただけじゃない?」
確かに、最近の源之助は以前の様に際限なくオモチャをひたすら追いかけるのはしなくなったけど。
新しいオモチャを買ってきた時や気分が乗った時なんかはそれなりに真剣に走り回るが、平常時だと3〜4分遊んだらどっかの物陰に隠れてオモチャを観察する様になり、動かなくなる。
あれって飽きたのか、完璧を期しているのかは微妙に不明だけど取り敢えず大人になってきた感じだよね〜。
「そっか、完璧を期しているんか。
でも、別に物陰からこっそり観察してから飛び掛かろうが、普通に走り回って追いかけようが、成功率は違いはないと思うんだけどねぇ」
源之助から逃げる様な形でおもちゃを動かして何とか源之助を釣ろうとしながら碧がコメントする。
「だよねぇ。
でも、多分生きてる鼠とかだったら隠れて襲う方が成功率が高いんじゃない?
きっと育ってくると本能的に身につく技能なんだよ」
少なくとも私達や生後3ヶ月ちょっとで別れた親猫が教えた技能ではないから、本能的な動きだろう。
教わらなくても物陰から襲撃するようになる猫の方が、親と早く死に別れても餌を仕留められる確率が高くて生き残ったんじゃないかね?
進化の過程でそう言う行動プログラムが遺伝子に刻み込まれた個体が生き残って子供を産んできたのだろう。
そう考えると中々凄いもんだ。
行動なんてどうやって遺伝子に刻むのか全然不明だし、源之助の得られる餌はオモチャを物陰から襲うかどうかで変わる訳でもないのに、いつの間にかやる様になったんだから。
「う〜ん、まあ遊びたくないなら無理に遊ばなくても良いんだけど、運動量が減ったせいで最近ちょっと太ってきたんだよねぇ」
碧がちょっと悩ましげに源之助の脇の下を撫でながら言った。
「確かに、抱き上げるとちょっとお腹周りがずっしりというかみっちりした感じになってきたよね。
数値的にはどうなの?」
碧は数日おきに源之助を抱いて体重計に乗っているので、体重の変化もしっかり確認している筈。
「去勢手術した時に獣医から言われた適正体重から0.2キロ程度増えただけなんだけどねぇ。
適正体重自体だって体格がどの位大きくなるかで違う筈だから絶対ではないんだけど、ちょっとどっしりしてきたからやっぱり適正体重が正しいんじゃないかと思う。
だけど、食事量を減らすと切なげにおねだりされて辛い・・・」
悩ましげに碧が教えてくれた。
「0.2キロ程度?
全然大した違いじゃない気はするけど・・・まあ源之助の体重が4キロだとして、0.2キロって40キロの人間が42キロになるのと同じ事なんだと考えると、確かに『ちょっと太った?』って言われてもおかしくはない変化か」
2キロ程度だったらそれを口に出して指摘する人間は家族以外には居ないだろうが。
女の友人でそれをやったら間違いなく嫌われて『知人』へランクダウンされる。
考えてみたら、家族だと平気でそこら辺を口にするから鬱憤が溜まって相続が争族化するのかもねぇ。
まあ、男兄弟だけでも拗れるらしいから単に人の欲は業が深いってだけかもだが。
「源之助の新陳代謝を少し上げて消費カロリーを増やしたら?
もしくはウチらがバイキングに行く時みたいに食物の吸収効率を下げるとか」
私が源之助にもっと運動しまくる様に意識誘導の術をかけても良いが・・・ちょっと猫にそれをするのは可哀想な気がする。
猫って寝ている動物でしょう。
そう考えると大人になって運動量が減るのって自然な成長プロセスだという気もする。
「猫って人間よりずっと小さいから、下手に新陳代謝を上げたら寿命が減りそうだし、栄養摂取の効率を下げたら体調を崩すかもなんて思うとなんか怖いんだよねぇ。
体調を崩しても治せる筈だけど、人間の10分の1以下のサイズだと思うとうっかりヤバい事になりそうで怖い」
まあ、確かに何かの病気だって言うならその病巣を治せば良いが、全般的な新陳代謝とか食事の消化・吸収プロセスを弄って変な感じに体の生体バランスが崩れたら、人間よりもずっと小さい猫だと人よりも簡単に弱ってあっという間に死にそうだ。
人間の治療だったら碧もそれなりに慣れているだろうしね。
最近はペット専門の祈祷師を始めたお陰で経験は積めてきているけど。
「中々悩ましいねぇ。
また新しいオモチャを買ってきたら?
古いのは洗って青木氏の猫部屋に寄付すれば無駄にならないでしょ」
あっちは比較的コンスタントに赤ちゃん猫が保護されて入ってくる(その後貰われていくのだが)ので、オモチャの消耗も中々激しいと聞く。
「・・・そうだね。
いざとなったら脂肪吸引みたいな感じに内臓脂肪を除去しよう!」
贅沢なダイエット法だな!