善いカルマ、大切。
「ふわっトロだぁ」
オムライスの上の卵部分にフォークを入れて、思わず感嘆の声をあげる。
「ある意味芸術だよねぇ。
食べる時は全部混ぜちゃうけど」
頷きながら碧が自分の言葉通り、卵と中のライスを混ぜて口に放り込む。
まあ、確かにしっかり混ぜた方が味が偏らなくて美味しいよね。
自分でも切り取ったオムライスを混ぜて口に運びながら同意する。
「このふわトロ卵の食感は再現出来ないの?
混ぜた後の味だけだったら、ある意味家でお米にミックスベジタブルとケチャップと卵を適当に混ぜて味だけ真似するっていうのもありかもだけど」
碧がちょっと邪道な料理方法を提案した。
「なんかそれをやったら料理の腕が果てしなく退化しそう。
やっぱりデザートだけにしようかなぁ」
今日は味の再現ブレスレットの元味にしようかと美味しくて有名なオムライスの店に来たのだが、考えてみたらメインディッシュを美味しく作る努力を放棄するのは人間として不味い気がする。
結婚しない可能性は高いとは言え、絶対では無いのだ。
夫や子供に常に認識障害のブレスレットを食事の度に身に付けさせるのは問題だろう。
しかも、碧と私なら自力で魔力を流して魔道具を動かすから比較的安価にこのブレスレットを使えるが、魔力のない一般人の家族にも使わせようと思ったら白龍さまの聖域から何か魔力の籠った素材を借りてくるか、符用の高額な和紙を買う必要があり・・・下手をしたら普通にレストランに行って食べる方が安上がりなんて事になりかねない。
「じゃあ、豆腐でプリンかムースの味を再現するのだったらどう?
絹豆腐あたりだったらちょっと崩せば歯触り的には似た様な感じになりそうだよね。
デザートだったら毎日買ってきて食べるんでもありでしょ」
もう一口オムライスを食べた碧が言った。
「だね。
ケーキはもう少し味がレイヤー毎になってて複雑だし食感も重要だからねぇ。
ムースあたりが無難かな。
超美味しい団子とか饅頭とかがあったらそっちも考えても良いけど」
碧が微妙に首を傾げた。
「団子ってそんなに味が違うのかな?
ある意味、あれこそ繊細な食感の違いが重要な気がしない?」
由緒ある神社の娘なせいか、どうやら碧はそれなりに和菓子を食べた経験があるっぽい。
少なくとも私よりは。
「私はあんまり和菓子を食べてないから、味に違いがあるのかも微妙に不明なんだよねぇ。
食感がそれ程重要じゃなくって比較的味が一様で美味しいにって言ったら・・・キーマカレーあたりかね?」
普通のカレーだったらじゃがいもへの味の染み込み方とか肉の絶妙な脂身部分と筋っぽい部分のコンビネーションとかがそれなりに重要な気がする。
拘るんならだけど。
「確かに。
それこそラノベの世界だったらダンジョンとか行商の際に持ち歩く超不味い保存食に美味しい料理やクッキーの味を移すって言うのもありな気がするけど・・・日本だったらグラノーラのバーとかでもそれなりに美味しいのがあるからねぇ」
碧が頷きながら言う。
「ダンジョンなんぞあっても入るつもりはないよ〜。
黒魔術師は対人ならまだしも、魔物相手の戦闘は苦手なんだから」
まあ、ダンジョンで一番危険なのは人間なんじゃ無いかという気もするけど。
ラノベのダンジョンなんてどう考えても都合が良すぎて、そんなのが存在する世界なんて想像も出来ないが。
考えてみたら、色んな世界に行き来している白龍さまに聞いたらダンジョンが実在するのか教えて貰えるかな?
「ちなみに前世の味って今世で再現出来るの?
出来ないとしたら来世でも、まず美味しい物を食べないとその術を楽しめないよね」
碧が痛い点を聞いてきた。
「味の情報も肉体的技能と同じで生まれ変わるとリセットされるみたいで認識障害用に付与できなかった・・・」
今世の食事だって前世の食事に負けないぐらい美味しいので別に前世の味を再現出来ないのは構わないのだが、来世で今世の味の記憶を持っていけないのはかなり切ない。
来世も美味しい食事を食べられる環境に産まれられると良いんだけど・・・。
頑張って良いカルマを溜め込まないと。
まあ、カルマはさておき来世で美味しい料理を作れる様、ハーブとか香辛料の使い方や見分け方をもう少し勉強すべきかな。
黒魔術師の能力は麹の発見や育成には向いて居ないので、よくあるラノベの様な醤油や味噌の再現は実現のハードルが高すぎる。
それでももっと原始的な酵母菌を育成してからの柔らかいパンの作り方ぐらいは練習しておいた方が良いだろうし、カレーも一から作る方法を一応知っておいて損は無い。
つうか、カレーとかに使う香辛料の自然な状態での見た目や匂いを知っておかないと、市場で見つけ出して購入すら出来ないよね。
今度そう言うのをサークルの方で提案してみようかなぁ。
香辛料の元の状態のを全部個人で揃えようと思ったらそれなりに手間と金が掛かりそうだ。