食感も重要
「何を調べてるの?」
グルメ雑誌を前に考え込んでいる私に碧が声をかけてきた。
「昨日の新入生歓迎会で、味覚を誤認させて別の料理の味で上書き出来る術があるのを思い出したんだよね。
でもこれって舌触りとかは再現しないから、どんな料理の味を盗むのが一番再現率が高いかな〜って考えてたの」
味だけでもそれなりに幸せにはなれる。
それこそ、石ころを極上なステーキや桃の味にしてそれを舐めて後味を楽しんでいる気分になるのも十分にありだ。
まあ、空腹感は消えないのでそのうち切なくなるけど。
何かを噛んで『食べてる』感を高めると更に満足度が上がるんだけど、いくら肉汁たっぷりな極上ステーキの味がしても齧っているのが人参スティックだとやっぱりかなり違和感があるんだよねぇ。
なので食感を上手くマッチさせて味だけ上書きするのに向いた料理が無いかと雑誌を見ながら考えているところなのだ。
「え、何それ。
蒟蒻を本当に肉汁たっぷりなステーキの味に出来るって感じなの?」
碧が興味深げに聞いてきた。
「味はね。
でも噛んだ食感は蒟蒻なり人参なりのままだから、野菜が嫌いな子供を騙すのには良いにしても、大人だったらステーキを食べた満足感は微妙?
その点、食感がオリジナルの料理に近いのと合わせると満足感が高まるんだよね。
だから何と何の組み合わせが良いか、考えているところ」
それこそ、コクが濃厚な極上の豚骨ラーメンの味をカップヌードルに上書きするのもアリかな?と考えていたところなのだ。
もしくはムース味の豆腐とか?
アイスクリームは味よりも舌触りの方が重要な気がするんだよなぁ。
「食感ねぇ。
・・・食べた時の味と歯触りって重要な組み合わせだけど、なんか一緒くたになって認識されるから食感だけで思い出すのってなかなか難しいね」
碧が暫し考えてから言った。
「まあ、味が極上だったら舌触りが微妙でもそれなりに幸せだけどさ、どうせなら出来るだけ本物に近い体験にしたいじゃん?」
長い行列か、高いレストランかで味を登録してくるのだ。
どちらにせよ最大限に再現したい。
「う〜ん・・・確かに悩ましいね。
これって食材に掛ける術なの?
一気に大量に掛けられたら超安物な素材を極上のレストランの味に出来るから、どっかのレトルト食品メーカーとかと組んだら滅茶苦茶利益率を上げられない?」
碧が悪戯っぽく言った。
前世では体重管理目的で金持ちによく使われた術だけど、こっちでは味の再現が目当てだよね。
ダイエット用に使うのもありだけど。
「食材に術をかけるのも可能だけど、最低でも数ヶ月は術を維持させようと思ったら素材に魔力が籠っていなくちゃならないから、実質魔獣の肉とかにしか使えないかなぁ。
それよりはブレスレットに術の魔法陣を刻んで魔力を流しつつ食べるのが現実的だね」
食材の方に術をかけるのはこちらの世界では実質不可能だ。
前世でも食材よりは装飾具に掛けて使う方が多かった。
偶に見栄っ張りな誰かが、パーティを開いたのに美味しい高位魔物の肉を入手出来なかった時に誤魔化すのに使わせていたけど。
「う〜ん、理不尽に美味しいレトルトパックは企業努力って事でそれ程不思議じゃないけど、嵌めたら食べる物の味が変わるブレスレットはヤバすぎるね」
碧が溜め息を吐いて金儲けとして売り出すのを諦めた。
「そうなんだよねぇ。
露骨に認識障害の術だから、怪しすぎるでしょ。
しかも、何でも食べてる物を上書きした味に出来ちゃうから、栄養素が全然ない春雨とか蒟蒻だけを大量に食べて餓死するなんて事にもなりかねないからねぇ」
カロリー値の低い食材しか食べなければ空腹感は感じるが、四六時中食べていればそれなりに胃と満腹中枢は騙せる。
だからダイエットに使うと成功率は比較的高かったのだが・・・ちゃんと栄養のバランスに目を配るプロ(もしくはせめてしっかりとした侍女)に見張らせて摂取カロリーを管理した状況でやらないと、栄養失調で倒れたり体がボロボロになったりするのはそれなりにあったし、周囲の言う事を聞かない頑固な令嬢なんかが栄養失調で実質餓死する事件も時折あった。
だから便利で比較的簡単だったのに、王族以外への売り出しはそれなりに制限されてたんだよねぇ。
まあ、私は王族担当だったから散々作らされたけど。
しまいには同じでは飽きるから多種多様な肉や果物やデザートの味をひとつのブレスレットに込めて自由に選べるようにしろなんて言われて苦労したよ。
まあ、その分美味しい食事を色々と試食させて貰えたけど。
そう考えると、あれは苦労したけど中々美味しいプロジェクトだった。
今世では自分用に作れるのだ。
最適な組み合わせの食材と料理を選ぼう。
何通りか試して、一番上手く行ったのを碧にもプレゼントしてもいいし。




