下心
「聞いた?
サークルの代表、3年の山仲先輩が立候補して男どもの賛成多数で決まったんだって!」
新学期が始まって2週目になり、もうそろそろサークルに顔を出してみようかと思いつつ学食に向かっていたら、サークル同期の伊武山さんに出会って何やら憤懣やるかたない様子の彼女から最新情報を教わった。
「・・・山仲先輩?
聞き覚えが無いな〜。
どんな人だったっけ?」
元々人の名前を覚えるのが苦手な上に、秋以降はあまりサークルに顔を出していなかったからなぁ。
一緒に色々やった検証好きなグループじゃなかったら名前を覚えていない先輩も多かった。
「長谷川さんは会った事ないんじゃない?
私ですら代表を決める話し合いの日に初めて見たんだもの。
この1年間全然サークルに出てこなかった癖に突然代表に立候補なんて、何を考えているんだか!」
苛ついた感じで伊武山さんが言った。
「もしかして、あのやらかし女系の人なの?」
サークルを男にチヤホヤされて姫様扱いされる為のステージだと思っている人間なのかな?
去年は比較的早い時期から遠藤が男どもを侍らせていた上、盛大にやらかしたからサークルに近寄らなかったとか?
「2年からバイトを兼ねたインターンシップに参加しまくってて大学に殆ど来てないらしいわよ。
どうやら大学での活動として面接でアピールする材料として『サークルの代表』って肩書きが丁度良いってしゃしゃり出てきたみたい」
伊武山さんが苛ついた様子でショルダーバッグを肩に掛け直しながら教えてくれた。
成る程〜。
大学の授業料を親に払わせているのに(多分)、碌に勉強もせずに代わりに社会人生活で一歩先に行こうと貴重な猶予時間を何故かバイトやインターンシップに潰している変わった人なのね。
馬鹿みたい。
親がほぼ全てをスポンサーしてくれる大学での期間が終わったら、残りの人生では自力で衣食住を賄う為に否が応でも50年近く働く羽目になるんだから、せめて3年ぐらいはのんびり遊んで(いや、勉学に励みながらと言うべきか)過ごせば良いのに。
「まあ、インターンシップで人を纏めて集団を動かす練習をしてきた人なら、代表として卒なく頑張ってくれるんじゃない?
流石に自分が代表している間にサークルが廃部になったら格好悪いから、それなりに活動内容を考えて手配してくれるでしょ」
とは言え、サークルを自分の就職活動の糧に利用しようと思っている人間に良い様に使われるのは嫌だなぁ。
そっと部室に顔を出して、どんな感じの人なのか確認して微妙だったらフェードアウトしよう。
そうとなったら怒りで騒ぎ出しそうな伊武山さんとはどっかで別れてから部室に行った方が良さそうだ。
「これからランチ?」
取り敢えず、伊武山さんの予定をそれとなく尋ねる。
サークルに行く予定ならなんか適当な理由をでっち上げてタイミングをずらしたい。
「もう食べたから、今からサークルに行く予定。
今日は新人勧誘に関する話し合いがあるから、1時半迄にメンバーは集まれってグループチャットに来てたけど・・・見てない?」
ため息を吐きながら伊武山さんが答える。
そこまで山仲先輩とやらの事を怒っているのにサークルには出るんだねぇ。
何だったら自分でサークル代表に立候補すれば良かったのに。
それとも、立候補したのに肩書きが欲しかった山仲先輩に負けて余計憤慨しているのかな?
私はここ暫くサークルのグループチャットを見ていなかったんだけど、流石に今の時期はもう少し注意を払っておくべきだったか。
まあ、知っていて無視するよりもチャットの気付かなくってブッチしたって言う方が角が立たないからね〜。
「ランチ食べたら行くね」
つうか、放課後じゃなくって午後1なの?
授業があったらどうすんだ。
授業に真面目に出ていない学生が多いとは言え、流石に代表が授業のサボりを前提としたサークルの活動をスケジュールしちゃあ駄目じゃん。
そう言うダメダメな情報は面接時に漏らしたりはしないんだろうけど、何時もの行動って意外と話している時にポロリと溢れるもんだよ?
まあ・・・最近は足が遠のいたとは言え、それなりに去年の前半は楽しませて貰ったサークルを下心から利用しようとする人間が就職活動に失敗しても別に構わないけど。
取り敢えず昼食後にごく軽い認識阻害を掛けて部室に行く。
これで知り合いになら認識されるが、顔見知りでない人間には見過ごされる可能性が高くなる。
代表さんに目を付けられて雑用を命じられても嫌だからね。
皆に混じって手伝うのは構わないが、ちゃんとやっている代表の仕事なんて雑用係が7割ぐらいだと思う。
で、代表がちゃんとやらない人間だと・・・とばっちりを喰らって他の人間が雑用だけ押し付けられる。
去年の八幡先輩みたいに。
『代表』とか言った面接でアピール出来る肩書きは無いのに、仕事だけは押し付けられる羽目になるのは遠慮したい。
でも、頼まれた後だと断りにくいんだよねぇ。
誰も雑用なんぞしたく無いから、断ると自分にとばっちりが来るじゃ無いかって冷たい目で見られるし。
その点、目に留まらなければ頼まれる事もない。
そんな事を考えながら、開いていた部室のドアに首を突っ込む。
おやぁ?
なんか瘴気が少し溜まってない??