エージェントねぇ
『「えーじぇんと」の人間に殺されたんにゃって』
今日の祈祷を終えて、マンションに戻りながら殺人者に関してクルミに聞いたらよく分からない返事が来た。
「えーじぇんと??」
思わず口に出して繰り返したら、碧が振り向いた。
「エージェント?
政府の?」
え??
ああ、『エージェント』か!
え、政府の殺しを請け負う情報機関のエージェント??
そんなの存在したの???
しかも何だってあんなうだつの上らなそうな研究室に出入りしてるの??
それともむさい見た目は偽装で、実はとっても危険な殺人ウィルスでも研究しているとか??
そんな人間が普通にコインランドリーなんぞ使っているんかね?
まあ、ヤバい研究所で働いていたって洗濯は必要だからコインランドリーを使っていても不思議では無いが・・・ウチの大学でそんなヤバい研究なんてやってるの???
『そのエージェントって何をしに研究室に来てたのか聞いて?』
クルミにお願いする。
『・・・けんきゅうしょくの紹介?だって』
クルミに馴染みの無い語彙の会話だと意味がクルミに通じてないせいで分かりにくい。
同じ言葉なのに、ニュアンスが分からない音の羅列だとここまで意味が通じないとは知らなかった。
念話だから余計になのかも。
取り敢えず。
研究職の紹介、ねぇ。
これは日本版CIAでは無さげだね。
「・・・もしかしたら、大学で次のポジションが決まって無い研究者に補助金とか助手のポジションとかを紹介するエージェントかも?
謂わば転職エージェントの学者版?」
確か、博士号とかをとってもちゃんと食べていける様な仕事が中々見つからないせいで、日本では先進国で唯一博士号の取得者数が減っているって新聞で読んだ気がする。
そんな業界だから、ポジション探しを手伝うエージェントみたいのが居るのかも?
「なるほどねぇ。
色々と新しい人に会って、条件に合致する被害者を選びやすそうな職業だね。
でも、そうなると拘りのある誰かに執着して殺すんじゃ無くって、単に人殺しをする為に仕事を利用しているだけみたいだね」
碧が応じる。
「やな感じだね〜。
ストーカーっぽい感じに粘着されて殺されるのも嫌だけど、単に人を殺したいって言う謂わば本人にとってのレジャーの為に選定されて殺されるなんて更に尊厳を踏み躙られてる感じがする」
誰でも良いから殺すなんて、ふざけんなって感じだ。
研究職なんて狭き門らしいのに、必死になって食っていけるように頑張るのを手伝う筈のエージェントがそのポジションを悪用するなんて、許し難い。
でも、考えてみると転職エージェントに会っているなんてあまり周りにも言わないし、人前でもやり取りしないだろうから周囲に知られずに色々と会うのに向いている職種なのかも。
面接の手配だなんだかんだでと言えば一人で呼び出せるし、相談に乗るって形で食事を一緒にしたりして親しくなって色々と本人の個人的な情報も聞き出しやすいだろうし。
新しい職場に移動するタイミングで消えるなら、元の研究室の方では連絡が取れなくなってもそれ程心配しないだろう。次の職場の方だって実は無かったり、もしくは簡単なメールで辞退したりって感じであっさり縁を切れそうだ。
そんな形で殺されて悪霊化していないのが不思議だが。
ちょっとクルミ経由では埒が明かなそうなので、死霊の一人と直接話した方が良さそうだ。
最終的には田端氏に死体の発見と殺人犯の逮捕を頼むしても、まずは死体の場所や殺人犯の情報、後は出来れば有罪にできる証拠の有無とかを調べておかないと駄目だろう。
大学で研究室のそばに忍び込むか、あのむさい篠原氏のマンションに行くか。
オートロックだったら入りにくいし、廊下に佇んでいたら怪しまれそうだけど、人避け結界でも使って誤魔化せば何とかなるかな?
全然馴染みもない学部の研究室の傍を彷徨くよりもマシかなぁ。
研究室を張っていたらそのうちその殺人者の転職エージェントやらが現れる可能性も高いけど。
それとも今時のエージェントだったら最初のコンタクトはメールとかウェブサイトなのかな?
下手にあちこちの研究室に入り浸って顔と名前を覚えられるよりも、ターゲットだけに近づく方が捕まりにくいだろう。
『取り敢えず、その死霊さんと話したいから篠原氏の部屋の場所を確認する必要があるね。帰途についたら教えて』
クルミに指示を出しておく。
『了解にゃ〜』