違う意味でヤバかった
「どうしたの?」
チョビ君と飼い主さんとの話が終わって見送っていた碧が、宙を睨んで停止している私に声を掛けてきた。
「こないだのコインランドリーのヤバげな人、仕事に向かったっぽいからクルミがついて行ったんだけど、何故かウチの大学の敷地に入って行った」
確かこっちの奥って・・・理工学部?
そう言えば、ウチの大学って医学部とかもあるからそれもそっちにあるのかも?
確か大学病院は別の敷地にある筈だから、あるとしたら研究室か。
確信はないけど、多分虫を殺しまくってもああも濃厚に死の気配が染み付くとは思えないから少なくとも動物を殺しまくっているんだろうなぁ。
「何学部?」
碧がタブレットを確認しながら尋ねる。
基本的に患者は30分おきなんで、次の患者が来るまであと10分程度かな。
チョビ君はぐったりしていて殆ど動かなかったから部屋も汚れていないし、カバーを変える以外やる事は殆ど無い。
「薬学部・・・かな?」
イマイチしっかり読めなかったが、先程チラッと目に入った案内図の学部名は『楽』と言う文字が見えた気がする。流石に楽天部とか楽学部なんてないから、正解は『薬学部』だろう。
「そうかぁ〜。
薬の開発って動物実験するんだっけ。
確かにどの程度投与したら治って、どこまで投与したら死ぬかを確認する必要とかありそうだから殺しまくってるんかもね」
碧が溜め息を吐きながら言った。
「そっか。
薬ってガッツリ効かせられる方が早く治るかも知れないけど、やり過ぎると毒だもんね。
人間を殺して調べる訳にはいかないから、実験動物を殺すのかぁ。
化粧品の動物実験は最近反対運動が多くてやらない会社が増えたらしいけど、流石に人間の薬はあまり反対できないのかな?」
反対運動する人間は、自分の娘や息子や親の命よりも鼠の命の方が重要だと言うのかってどつかれそうだよね。
それでも反対する活動家はアメリカとかには居そうだけど。
と言うか、アメリカには医療行為自体が神の意思に反するって自分や子供の治療を拒否する宗教の人もいるらしいから、そう言う連中は心置きなく薬用の動物実験を反対するだろうし。
しっかし。
あそこまで濃厚な死の気配を見ると、『しょうがない』と思っていた動物実験も『人間って何様?』とちょっと考えさせられるね。
とは言え、碧クラスの回復師じゃないと病気は治せない事も多いから、病気と戦う気があるなら医療の研究は避けられない行為ではあるんだけどさ。
それに普通の病気で死ぬのならまだしも、認知症とかで人格と記憶が解けていくのとかを見るとそれを止める薬の開発の為なら幾らでも鼠を殺せば良いって私でも思うし。
「無理に苦しめずに、薬の実験で弱る動物を世話しているだけだから穢れとか恨みがあまり付いていなかったんだろうね。
そう考えると・・・あの死霊はどっから来たんだ?」
殺された死霊が憑いていたから余計焦ったんだよねぇ。
篠原氏を恨んでいる様子は無かったから彼が殺したのではないと思うが・・・。
「ちなみに、死因は何っぽかった?」
碧が軽く首を傾げて尋ねてきた。
「絞殺かな?
首の周りにベルトみたいのが巻き付けてあったから」
ファッションのチョーカーにしては長すぎだし、ボロすぎるベルトだったと思う。
篠原氏の家族か友人かね?
恨んでいないけど成仏もしていないって事は自分の死体を見つけて欲しいと願っているのかな?
実験室にたどり着いて、落ち着いたらクルミに死霊にコンタクトさせてみるか。
そんな事を考えていたら、どうやら研究室らしき場所にたどり着いたのか、別のむさい格好をした白髪のおっさんが顕微鏡を覗き込んでいる部屋に入った。
おい。
そのおっさんにも死霊が憑いているんだけど。
ちょっとおかしくない???
『クルミ、ちょっとそのおっさんと最初のむさいのに憑いている死霊に、誰に殺されたのかと殺人者とその二人の関係を聞いてくれる?』
使い魔経由でしかも遠隔だと死霊相手に質問してもイマイチちゃんと意図が伝わらない事も多いんだけどねぇ。
いざとなったら何か理由をでっち上げて自分であの研究室に行く必要があるかも。
あの研究室の人間に関係している誰かが人を殺しまくってるよね??