海外の規制
「そう言えばさ、海外での回復師の規制ってどうなってるの?」
家に帰って駅で見かけた初魔術師目撃のニュースを碧に話した後、ふと尋ねた。
日本は先進国でも特に何でもかんでも規制が多い上に、医療業界の政治的圧力が強くて岩盤規制化している国な印象がある。
お役所側の厚生省が医師団体に迎合している感じで、政治家が医療業界の効率化を目指す規制緩和を命じても結局はぐだぐだとお茶を濁した挙句に骨抜きなお情け程度の規制緩和を言い出す程度だ。
だったら日本を捨てて新天地を目指せば良いのでは?と思わなかったのだろうか。
まあ、一般の人々を癒したいと言う思いが外国人に対して生じるかは微妙に不明だが、少なくとも海外に出て近所付き合いとかを始めれば住めば都的な感じになりそうだ。
「アメリカは基本的に金がモノを言う世界で、ほぼ規制なしで詐欺師に引っ掛かっても自業自得って感じ。
一応免許っぽいのもあるけど、それを取得しなくても宗教の一環だと主張したらOKだから怪しげな新興宗教の教祖をやっている回復師が多いらしいねぇ。
EUは国によって規制がガッチリあるところと殆ど無いところがあって千差万別って感じ。
イギリスは免許制だけど医師免許ほど厳しくないし、詐欺師の取り締まりもそれなりにやっているから悪くないかも?
オーストラリアはイギリスの制度に近いらしいね。なんか州ごとに微妙な違いがあるって話だけど。
叔父さんが色々調べたものの、やっぱり日本語が通じないって言うのがネックで結局離島に行っちゃった」
碧がコーヒーをガリガリと挽きながら教えてくれた。
最近碧はコーヒーに嵌まって色々な豆を買っては自分で挽いて淹れている。
頼めばわたしにも淹れてくれるんだけど、私は香りは好きだけどコーヒーの味は美味しいとは思わないんで、匂いだけ楽しませて貰っている。
時々香りに釣られて頼むんだけど、やっぱり美味しくないんだよねぇ。
コーヒーってマジで匂い詐欺だと思う。
それはさておき。
「碧は海外に移住しようとは思わなかったの?」
「う〜ん、私も外国語が得意って訳じゃあ無かったし、長期的な滞在って白龍さまはちょっと微妙なんだって。
短期でも何かあって力を振るう事になったらその後諏訪に帰らないと魔力を補充出来ないって話だし」
『ただお主と一緒にいて周りを眺めている程度だったら数年程度は全く問題は無いぞ?
別に幻獣界への帰還は儂独りでも出来るし、碧が他の地に住みたいならばそれでも構わぬ』
ふわっと白龍さまが現れて碧に言った。
前にも話し合ってるっぽいね。
白龍さま的には碧の行動を制限したくは無く、碧的には白龍さまに不自由な思いをさせたく無いってところかな?
龍クラスの幻獣のとっては数年どころか数十年でも『うっかり昼寝してたら過ぎた』ぐらいな話だろうから、碧が思うほど問題はないだろうけどねぇ。
力を振るったら魔力の補充が必要って言うのだって、それこそ大都市の住民全員に力を及ぼすレベルじゃ無い限りさして大問題では無い気がするし。
少なくとも碧を単純に物理的・魔術的に守る程度だったら全然大丈夫だろう。
「まあ、そこまでして人を癒したいって気も今じゃあないからね。
医療業界の連中が流した叔父さんの悪評に騙されて態々叔父さんの所に自分に関係が無いのに正義漢ぶって文句を言いに来る人を見ていたら、人を助けたいって思いが擦り切れた感じでさ。
それに白龍さまがいるんだから、治療をしたくなったら私だったら医師免許さえ取れば嫌がらせするだけの度胸がある人間なんていないだろうし、居てもすぐに排除できるし。
凛はどうなの?
日本の退魔師よりも海外の魔術師の方が相性が良いかもよ?」
挽き終わったコーヒーの粉をドリッパーに移しながら碧が聞く。
「魔術師と退魔師の違いなんて、主に名称だけでしょ?
弾圧されてきた海外の魔術師の方がヤバい系の術が多そうだし、黒魔術師の使い道をよく知っている権力者とかも居そうで怖いよ。
ちなみに退魔師とか魔術師とかが海外に行く際に連絡や通知しとかなきゃいけない団体とかってあるの?」
前世では戦略級な魔術師が国境を超えて動く事は殆ど無かった。
と言うか、他国の戦略級魔術師がのんびり観光になんて来たらハニトラとかで抱き込もうとするか、それが無理だったら暗殺一択なので、戦略級魔術師の移動は基本的に亡命か侵略しか無かったし。
「どこの国も空港でセキュリティゲートで収納符の無効化があるし、国によっては普通の鉄道や地下鉄でもそれがあるけど、誰かに通知しなくちゃいけないなんて言うのはない筈だよ。
力の関係で問題を起こしちゃった時に連絡できる現地の団体の詳細は退魔協会で貰えるけど」
細心の注意を払ってお湯を注ぎながら碧が答える。
ふ〜ん。
まあ、核ミサイルどころか機関銃ですら殆どの魔術師や退魔師より殺傷力が高い世界だからねぇ。
魔術師の移動を規制するよりも麻薬カルテルとかヤバい過激派宗教組織に注力しているんだろうな。
折角旅行が簡単でしかも暗殺リスクが無い世界に生まれたんだ。
そのうち海外旅行にでも行ってみようかな?
まずはパスポートを取得しなきゃだけど。