これも社会の循環の一部?
「あ、起きた」
コタツのテーブル部分の端に置いた小さめな箱の中で丸くなっていた源之助が徐に起き上がり、欠伸をしてぐいっと体を伸ばした。
くわぁぁぁ。
箱から出てコタツの上にでんっと寝転がり、斜めに体を伸ばしてほぼ占拠した源之助が大きく欠伸をする。
「猫って箱に入るとめっちゃ小さいのに、寝転がると妙に大きく伸びるんだよねぇ」
先ほどまで源之助が入っていた箱と現在我が物顔で寝転がっているコタツのトップを見比べながら思わず呟く。
源之助が箱の中で上半身を持ち上げて伸びをした時に急いで和紙や硯を退けたので被害は無いが、さっきまで作業していたスペースは一気に猫に取られた。
「20センチ四方ぐらいの箱に入りきるのも不思議だけど、それが寝転がるとこたつをほぼ占拠しちゃうんだから、本当にミステリーだよねぇ」
お守り製作用の道具を片付けながら碧が同意する。
基本的に、冬場はコタツの上に源之助が来た時点で作業は終わりだ。
お腹の柔らかい魅惑の白や、ムチッとした肉球、ピクピク動く耳などにどうしても注意が逸れてしまうので仕事はほぼ不可能。
こたつが出ていない時期だったら、作業机には源之助が飛び乗らない様に認識阻害結界を張ってあるので横からかけられる声に負けて目を向けない限り何とか作業も出来るのだが、コタツは温まる為に中に入ったり上に乗る事を許容しているので認識阻害結界を使えず、お気に入りな箱の中やキャットタワーの上で寝ている間以外の作業はほぼ不可能なのだ。
「そう言えば、結局あの地縛霊さんの弟の解呪の話はこっちには来なかったね」
道具や素材を作業机の引き出しへ入れる為に立ち上がった碧がこたつに戻りながら言った。
「だねぇ。
しっかし、金持ちが多いVIPフロアだったせいか、驚くほど呪詛を掛けられている人が多かったね」
先日はあの地縛霊の弟である爺さんにそれとなく解呪する方が肝臓の治療が上手くいくのではと伝えた後、帰る途中でふと気が向いて他の部屋にいる患者や見舞いの人間を歩きながら確認していたのだが・・・なんと7割ぐらいが呪詛持ちだったのだ。
ごくごく軽く、露骨に呪詛とバレない様なのが多かったが。
前世では貴族の当主や豪商が体調が悪くなると白魔術師に治療を頼むので、呪詛を掛けても治療過程で解呪されてしまうから呪殺を使う時は基本的に短期決戦型だった。
白魔術師が治療を開始して呪詛返しが成立するのと呪殺に成功するのと、どちらが先になるかの競争だったのだ。
当主以外に対する、苦しめるだけの呪詛だと解呪するか否かで判断が分かれるし、不調に白魔術師を雇うか否かの判断すらも状況によって変わったが。
怪我の治療なら白魔術師は無敵だったが、病気だとしっかり腕の良いのに頼まないと却って悪化する事もあるので比較的お手軽価格な白魔術師を病気に使うのは場合によってはハイコスト・マイナスリターンだったのだ。
だが現世では病気の治療は基本的に病院と医者が行う。
つまりデフォルトで呪詛に特攻効果のある白魔術師が呼ばれる訳では無い。
だからごく弱い弱体化の呪詛は発見されず、それで長期的に時間をかけて内臓を弱め、破壊していく事も可能なのだ。
そのせいか、実は日本の金持ち層に対する呪詛って私が思っていたよりもずっと多いようだ。
「あれ?
そうだった?
あまり注意して見回して無かったから気が付かなかった」
碧がそっとスピスピ眠り始めた源之助の写真を撮ろうとタブレットの角度を調整しながら応じる。
「7割ぐらいは呪詛持ちだったねぇ。
こう、肝臓や腎臓の機能を徐々に損ねていくのとか、血圧を上げるのとか、血管に脂肪が溜まりやすくするのとか。
普通に贅沢な暮らしをしている老人が、体調を崩すような病気を引き起こし易くなる呪詛が多かったな。
あんなデリケートなみみっちい呪詛を掛けられるなんて、ある意味日本の呪術師って凄腕なのかも」
もしくはあまり魔力は無いが技術だけは頑張って磨きまくっているとか。
若いならあの程度の不調なら呪詛返しされてもなんとかなるかもだし、回復用の符を上手く使えば癒せるかもだしで、下手をしたら退魔協会の退魔師が副業で呪術師のバイトをしている可能性もありそう。
「おやまぁ。
不特定多数向けの呪詛返しを大々的に大手病院のVIPフロアでやったら、一気に病院の収支が悪化しそうだね」
碧が皮肉っぽく笑いながら言った。
確かに。
「まあ、今じゃあ医療が進展しすぎて老人がいつまでも権力を手放さずに居残るせいで社会が停滞している気もするし、ちょっとは呪詛で組織の若返りを後押ししても良いのかもね〜」
どちらにせよ、ボランティアで解呪しまくったら退魔協会に睨まれるのだ。
ある意味、権力や金を持っているのに定期的に呪詛祓いをしないのが悪いよね。