ちょっと複雑。
おっさんの秘書が新しくお茶を淹れて爺さんに出してきた。
ウチらには緑茶だったけど、爺さんには焙じ茶っぽい。
本人の趣味なのか、それとも緑茶はダメと言われているのか。
確か、緑茶ってカフェインがそこそこ入っているらしいから手術後とか薬を飲んでいる時はダメな場合もあると聞いた気がする、
でも焙じ茶だって茶葉が入っている気がするから、単なる本人の嗜好かね?
一息ついたところで、碧がタブレットを取り出してあの地縛霊さんとの会話のメモを読み上げた。
退魔協会からこの話し合いを押し込む電話を受けた後、二人で話し合いながらあの霊との会話を出来るだけ正確に思い出してメモ書きしたのだ。
後からもっと思い出せないかとか、こんな事も話さなかったのか言われてもウザいので、全部思い出せる事を書き出して最初から最後まで読み上げたのだ。
ウチらの主観的な印象や解釈が入っていない方が面倒がなくて良いだろう。
「・・・腑抜けて面白くない、ね」
全部を報告し終わって、ちょっと落胆したようにため息を吐きながら爺さんがソファに背を預けた。
「最初は燃え上がるような怒りと恨みをぶつけてきたんだがねぇ。
姉に祟り殺されるかもと恐怖を感じたが、少なくとも嫌がらせの夢や霊障がある間は姉が居なくなってないと感じられて畏れつつも何とはなく嬉しかったのだが・・・」
爺さんが昔を懐かしむように言った。
戦後・・・とまで行かなくて高度成長期前後ぐらいの時代に姉を売ったらしいから、二人で戦後の苦しい時代を一緒に乗り越えてきたのだろう。
まあ、金持ちだったみたいだから苦しいって言っても比較的ってやつだろうけど。
それでも唯一(多分)自分の子供時代を知っていた相手が完全に消えると言うのは切ないのかも知れない。
あんな高級住宅地を地縛霊に占拠させていたのは、祓って若かった頃の思い出と完全に決別したくなかったからか。
とは言え、ある意味それは来世へ転生する筈の魂をエゴで現世に留まらせていたとも言えなくもない。
地縛霊化したのはお姉さんの怒りが原因ではあるが。
自分の死が近づいて、姉をそのまま悪霊として放置しておくのは無責任だと思ったのだろうか?
なんか微妙だねぇ。
自分の栄達の為に姉の幸せと最終的には命まで踏み躙ったんだから、もっと早く来世へ行かせてあげるべきと言う気もするが、文句と怒りに付き合うべきとも思える。
まあ最終的には本人が納得し、碧のステキな除霊で昇天できたんだから一番良いように収まったのかもね。
爺さんの方も許すと言う言葉は無かったものの本人的には折り合いがつく結末だったのか、なんか空気が落ち着いた感じに丸くなっていた。
老人や病人は張っている気が緩むとぽっくり死んじゃうこともあるって言うから、あまりリラックスしない方がいいんじゃないの?
呪詛で徐々に命を削ろうとしている誰かは現実にいるんだから。
遺産狙いの親族か、過去の競争相手からの報復なのか知らないけど、どうするべきなのかね?
金はあるだろうから退魔協会経由で呪詛の事を教えたら解呪してもっと長生きするんだろう。
長生きして老害になったりするぐらいだったらさっさと死んじゃった方が周りにとっても幸せな事かも知れないが、呪詛を使うような人間が遺産相続で大金を手に入れ、日本社会で力を持つようになるのは微妙だ。
普通の報復ならまだいいんだけど。
呪い殺した遺族が単に金を消費するだけの金持ちになるなら良いけど、こんな細やかで目立ちにくい呪詛でゆっくり人を弱らせて死に至らしめる奴だ。
金があったら更に色々と悪事をより発覚しにくい形でやりそうで、ちょっと嫌だな。
憎まれっ子世に憚ると言うが、出来れば人の命を損ねる悪事に手を染めるタイプは栄達せずに没落して欲しい。
『爺さんの肝臓を治すのと一緒に呪詛を祓うのってどうかな?』
碧に念話で尋ねる。
『精々やるとしたら呪詛を掛けられて肝臓が弱っているって知らせる程度じゃない?
お節介焼く事にしたの?』
碧から聞き返された。
『なんか、それなりにお姉さんの事を大切にしていたっぽいかも?って言うのと、こっそり呪詛を使って遺産を早く手に入れようとしている人間の邪魔をしたくなって』
まあ、姉への想いは歳を取って死が間近に迫ってきたからの心変わりの可能性も高いが、
それでも、高級住宅地に棲む地縛霊を長年祓わなかったのも事実ではある。
最も、諸悪の根源もこのジジイだけど。
世の中、何事も複雑だね〜。