聞きたい言葉を都合よくは聞けないよ?
「えぇ〜?
最後の言葉を聞きたいぃ??」
ちょっとスーパーに買い物に行ってきた私を、玄関まで響いてきた碧の突拍子の無い声が迎えた。
・・・昨日の襲撃付きピアノ弾き地縛霊さんの件?
弟さん、よっぽど気になってるんだね。
「はぁ。
ええ。
でも、大した話はしていませんよ?
と言うか、変に所有者に接触するとまた親族の誰かが破落戸を雇って来そうで嫌なんですけど」
碧が断ろうと電話の向こうにいる職員に色々と言葉を尽しているようだ。
「それでもって・・・。
第一、弟さんが聞きたい様な許しの言葉なんて話してませんよ?
単に、飽きたからもう良いやって感じでしたから。無関心なんて、ある意味一番残酷でしょうに」
そうだよね〜。
『愛』の対語は『憎しみ』ではなく『無関心』だってどっかで読んだ気がする。
「別に相手がガックリしてもいいんでしたらその報酬で行きますが・・・向こうや向こうの親族が聞きたかった内容じゃ無かったって後からクレーム付けてきても無視しますからね?」
溜め息を吐きながら碧が渋々折れた。
どうやら向こうは『最後の言葉』を聞くために金を出すと言っている様だ。
ここまで退魔協会が食い下がると言う事は、かなりの高額なのかな?
普通の退魔の仕事と違ってランク外だからぼったくり価格を言って、飲まれたせいで引くに引けなくなったってやつかね?
単に欲の皮が突っ張っているだけかもだけど。
「ただいま〜」
電話を切った碧に声をかける。
「お帰り。
聞こえた?
昨日の地縛霊さんの話を聞きたいんだってさ」
碧が肩を竦めながら言った。
「そう言えば、退魔協会って霊媒師の斡旋とかしないの?
陰陽師ってそう言う技だって伝わっている筈でしょ?」
先祖の霊を呼んで式神として働いてもらっている旧家もあるって話なんだし、霊媒系の力を持つ人間だって居るだろう。
「霊を呼ぶ系の術は何かと問題が多いからね〜。
一応死者の唯一の生き残りの親族って事で呼び出せる筈だけど、色々面倒だしハズレ霊媒師も居るしでそれよりは最後に話をしたウチらから聞くだけで満足するつもりなんじゃない?」
碧が答える。
あ〜。
そう言えば、隠し遺産(関連の脱税)とか政界のスキャンダルとかの暴露の問題で、霊を呼べる人に規制が掛かるようになったんだっけ?
元々やるつもりが無かったからあまり注意を払ってなかったから忘れてた。
「で?
こういう時ってどんなことを言うのが正解なの?」
あんまり正直な事を言って変に恨まれたりぽっくり逝かれて遺族にクレームをつけられても嫌だ。
「ああ、正直に霊に言われた言葉をそのまま伝えれば良いのよ。
今回は実際に会話ができるぐらい相手が理性的かつしっかり自我を保っていたから、楽なものよ。
酷い時なんて、怒りとか恨みとかの感情しか残っていないのに『何を言ったのか聞きたい』なんて依頼されても『言葉はありませんでしたが恨み一杯という感じでしたね』としか言えない上、『それでも何か最後の言葉ぐらい昇天する前に言っただろう?!』みたいな感じに粘着されたり逆切れされたりするらしいよ」
碧が教えてくれた。
碧パパの経験談かな?
流石に女子高生とか中学生(の時から仕事してたのか知らないけど)に逆切れはないだろう。
「今回のはそれこそICレコーダーで録音出来そうなぐらいはっきり言葉を話していたからねぇ。
あれってよっぽど死んだ時に怒っていたか、本人に才能があったかなんだろうね」
黒魔術の才能持ちが恨みを持ちながら殺されると、前世だったら条件が合えば自力でリッチになったりもしたが、こっちの世界では難しそうだ。
それこそ偶然幻想界との境界のそばに死体が埋められるとか破棄されるんじゃないかぎり、どう考えても魔素が足りないから復活は無理だろう。
まあ、フランケンシュタインとかヴァンパイアとかの伝説はあるから、長い歴史の中でうっかり復活しちゃった死体はいるのかもだが。
そう考えると、魔素が無いのに物が自我を持って動き始める付喪神なんて一体どう言う仕組みで発生したんだろうか?
人の想いって魔素がなくても何かに擬似生命を吹き込むほど強いのかね?
ちょっと興味があるが・・・今となっては付喪神を信じる人間の想いそのものがほぼ無くなっちゃったから、現物を見るのも難しいだろうなぁ。
残念。