悪霊??
と言う事で悪霊の気配がする応接間っぽい部屋へ。
ちょっと古い和風な家なのにここには絨毯が敷いてあってソファとローテーブルとピアノまであり、昔なら『ハイカラ』と言われた感じかな?
『ハイカラ』と言う言葉がいつの時代まで使われたのか知らないが。
悪霊になんらかの関係がある所有者が死にかけって事は、戦後に整えた家なのかも。
考えてみたらその頃のピアノなんて輸入品でバカ高かったんじゃ無いかね?
長年調律もせずに放置されていたんじゃあもう使い物にならないかもだけど。
楽器って長年放置しても調律し直したらなんとかなるのかな?
ピアノ線が錆びたりカビたりしそうな気がするが。
そんな事を考えながら部屋の中に入ったら、突然ピアノの音が流れてきた。
おや。
もしかして、悪霊さんがずっとピアノを使ってきたの?
音も狂ってないよ、凄いね。
『あら。
やっと来たの?』
ピアノの前から振り向いた女性の霊が声を掛けてきた。
さっきまでピアノの音が聞こえなかったのは弾いていなかったから?
イマイチこの場でピアノを弾く悪霊の考えが分からない。
「こんにちは。
そろそろ来世に興味は湧きませんか?」
碧が声をかける。
『そうねぇ。
遥輝もすっかり弱っちゃってきたみたいだし、嫌がらせもそろそろ終わりで良いかしら?』あっさり霊が応じた。
何かあまり悪霊くさくないなぁ。
「ちなみに、誰に殺されたんです?
加害者がまだ生きているなら警察に情報提供するなり、夢を繋ぐなりして報復に手を貸しますが」
殺人そのものに時効は無いかも知れないが、何十年もたったら証拠は何も残っていなくて犯罪を立証出来る可能性はかなり低いだろう。
よっぽど入念に死体を隠そうとして、証拠ごとうっかり保存してしまったとかじゃない限り。
生きた人間の目撃情報ですら100%信頼出来るモノではないのだ。
死ぬと言うショックを受けた霊の証言なんて思い違いの可能性もある上に限られた人間にしか聞こえないので、普通の裁判での証言には使えない。
そう考えると被害者の証言があっても今更法に基づいて罪を裁くというのは難しいだろうね。
とは言え、誰かが除霊を邪魔しようとしたんだけど。
『え?
私を殺したのはいつまで経ってもグダグダ女々しい事を言っていた穣よ。
愛してくれないなら誰にも譲らない!なんて海外の活劇かぶれな事を言い出して私を刺して自分の首も切ってくれたお陰で、私のピアノが血塗れになってしまって本当に迷惑したけど、さっさと来世に行っちゃったからもうここには居ないわ』
霊があっさり答えた。
あれ??
無理心中の被害者なの??
殺されたなら地縛霊になっても不思議は無いかもだけど、だったら所有者はなんだってこんな一等地の悪霊憑き物件をそのまま放置していたの?
相続税対策だったら今頃除霊しちゃあ駄目だろうし。
「嫌がらせをしている相手の遥輝氏との関係を聞いても良い?」
問答無用で霊を捕まえて調べてもいいんだけど、意外と理性的っぽいのでまずは普通に口で尋ねてみる。
霊だって嘘をついたり思い違いをしたりするから聞いた答えが正しいとは限らないけど、どちらにせよ殺人犯を告発する必要も無い今回は、単なる好奇心を満足させる為の行為だからね。
もっとも、ウチらを襲わせた相手が誰なのかの答えは彼女に聞いても出てこないかもだけど。
『遥輝は私の弟よ。
叔父の跡を継ぐのに協力してもらう為に、私の婚約者を襲撃させて入院に追い込んで、その間に私に執着していた穣へ妾として私を提供したの。
自力で何とかするだけの資産はあった癖に、安易に楽をする怠け者なのよね。
だから婚約者の事を絶対忘れないって拒否し続けた私を穣が殺した後に、『祟ってやる』って色々と嫌がらせをしたのよ』
バーンっとピアノの鍵盤を八つ当たり混じりに叩きつけてからこちらを振り返り、霊が肩を竦めた。
「その婚約者さんは?」
碧がそっと尋ねる。
もしかしてそっちも心残りなのか、心配になったのかな?
『遥輝が言っていたけど、私が殺されて暫くしてから結婚して普通に暮らしていたみたいね。
もうそろそろ寿命で旅立っているかもだけど。
流石に何十年も前に死に別れた相手に執着はしていないわ』
なるほど。
基本的に自分を婚約者から引き裂いて無理心中する相手に売り付けた弟への恨み・・・と言うか嫌がらせで残っている感じ?
確か退魔協会から来た書類によると遥輝氏って所有者の下の名前だ。
「ちなみに除霊を頼まれて今日来たら、邪魔をしようとする2人組に襲われそうになったんだけど・・・それに関して何か知っていたりする?」
まあ、襲撃者本人が碌な事を知らなかったのであまり情報提供は期待できないが。
『ああ、あの護符持ち?
時々除霊しようとか、除霊させまいとかする人がここに来るから、そのうちの一人だと思って無視していたから知らないわ。
ピアノを聞かせたら面白い反応を示していたけど』
霊能がなくても物理的にピアノのキーを動かして音を奏でれば聞こえる。
確かに中々スリリングな待機時間だったのかも。
もう少しこの家の中での待機時間の印象に注意を払っておいたら面白かったかもね。
「それ程もう現世に執着もないみたいだし、我々も依頼を受けているし、除霊しちゃって良いかしら?」
碧が尋ねた。
『良いわよ。
そろそろ遥輝も腑がなくなってきて面白く無かったのよねぇ。
下手に呪い殺したらなんか今度は私に粘着してきそうだったし』
あっさり霊が答えた。
おお〜。
賢い上に理性的だなんて、珍しい悪霊だね。
と言うか、単なる地縛霊であって、悪霊と呼ぶのは語弊があるかな?
この女性が殺されたのがいつか知らないけど、何十年も嫌がらせをされてきた遥輝氏にしてみたら悪霊そのものなんだろうけど。
まあ、話を聞く限り彼は自業自得って事で、祟り殺されなかったんだしお互い様だよね。