普通じゃ無かったかな
「なんか見るからに怪しげだね」
最寄駅からナビアプリに従って辿り着いた依頼先の家は、周囲のお洒落で金持ちそうな屋敷と一味違った異様さだった。
敷地サイズは同じぐらいかも知れないが、まず庭が大きく建物は和風な平家っぽい。
しかもかなりボロそうに見える。
門の中に聳り立つウチらの背丈と大差ないぐらいの雑草の枯れた残骸が邪魔で中が良く見えないが、トタン板とまでは言わないが壁が苔かカビで黒ずんでいる。
奥の方に木が生えているようだがちゃんと手入れされていないのか細長く栄養が行き渡っていなさそうな枝があちこちに伸び、所々折れているのも見える。
隣家の方にも伸びてるし、迷惑だろうなぁ、あれ。
台風とか来たら折れた枝が大量に隣家の方にも落ちてきそう。
細い枝が多いようだから、それが折れて窓に当たったりしても割れなそうなのが唯一の救いかな?
「悪霊憑きだから庭の手入れに金を掛けなかったのか、悪霊憑きで庭ですら安全に入れなかったのか、どっちだろうね」
錆びてちょっと傾いている門の中を覗き込みながら碧が呟く。
「入れなかった方じゃない?
流石にここの土地を持てる人間だったら庭師の日給ぐらいは払えるでしょ?
周囲の家や町内会から絶対苦情が出てるでしょう、これ」
周囲の瀟酒で高級そうないかにも富裕層が住んでるっぽい邸宅の住人にとって、近所にこんなボロ屋がある事なんて許し難いだろう。
何だったら買い取って何とかしてやると言い出す人間だっていたに違いないし、断ったらそれこそ経済界で中小企業なら潰すレベルで嫌がらせとかされそうだ。
隣の家だってロールス・ロイスがごく普通に車止めに停まっていて、奥には小さめだが馬が立ち上がって嘶いてるっぽいエンブレムのお洒落なスポーツカーが見えるし。
金には困っていない地区だ。
「死ぬ間際・・・じゃないにしても入院するような体調になる前にさっさと除霊すれば良かったのにね。
自殺した愛人の家かな?
それとも殺して死体を埋めたとか?」
退魔協会から送られてきた鍵を門に巻いてあったチェーンの錠前に差し込んで開けながら碧が言う。
「流石に死体をここに埋めてたら退魔協会には頼まないでしょう。
ウチらが悪霊から死体の埋葬場所と殺された状況を聞き出して警察に伝える可能性が高いんだから、それこそ自分が死んでから除霊させれば殺したもん勝ちって事になるんだし。
それよりは、母親とか姉妹が妾としてここで暮らしていて殺されたとかじゃない?」
Gの死骸とかがあった時の為に持ってきた塵取りで門の前の雑草の残骸を押し退けて中に入りながら私の推論を挙げる。
「家族が殺されたなら殺した相手に復讐してさっさと除霊してるでしょう。
2000年に地下鉄が開通するまではここら辺は陸の孤島だったからぶっちぎりの高級住宅地じゃあなかったとはいえ、20年もあれば大抵の仇討ちは出来るんじゃない?」
何とか玄関まで辿り着き、古めかしい鍵を取り出しながら碧が指摘する。
「まあ、悪霊に理性と記憶が残っていたら聞いてみよう。
・・・所有者以外の誰かが除霊して貰いたくないのかもだし」
ふと、裏側の手入れの悪い木の下を見て碧の注意を引く。
門前の雑草の残骸の状態から見て、正面から入った人間は少なくとも夏以降は居ないようだったが・・・どうやら誰かが隣の家との壁を越えて来たらしく、手入れの悪い木の下の雑草が踏み荒らされていた。
木のせいで下草が少なくて目立たないが、誰かが踏まない限り雑草が折れる事はないだろう。
「・・・全く人が入らない場合、雑草にも防犯機能があるんだねぇ」
碧が低い声で言った。
「最後に何か証拠を隠滅する為に来たんだとしたら、滅茶苦茶タイミングが悪いね」
魔力視で家の中を探ると少なくとも2人は人がいる。
悪霊憑きの家の中に居るって事は退魔師か、退魔師から何らかの形の護符っぽい代物を受け取っているかだろう。
「隣家から入ってきたとなったら、夜明け前に忍び込んで中でずっと待ってるってことでしょ?
よっぽど時間が掛かる作業をしているんじゃ無い限り、私らの邪魔が目当てじゃない?」
溜め息と共に昏睡用魔道具カードを取り出しながら碧が返す。
慌てても失敗しない魔道具カードは護身用には良いと言うことで、あの再開発案件以来お互い常に持ち歩く様になったのだが・・・まさかこんな高級住宅地の案件で使う羽目になるとは思わなかった。
「なんかまた田端氏に会うことになりそうだねぇ」
しっかし。
護符で短時間なら何とかなるなら、この庭も手入れをすれば良いのに。