世界が揺れた
「ここもこれで最後かぁ」
再開発マンションの駐車場から薄黒い建物を見ながら碧が呟く。
そこそこ時間が掛かったし、かなり収入になったし、色々と発見があった案件だったが・・・今日の除霊依頼でこことの関係も終わりだ。
「ここら辺のウザい破落戸達ともこれで縁が切れると思うとちょっと清々しいね!」
マンションそのものは周囲の空気も含めて相変わらず鬱々としてるけど。
「確かに。
今日ぐらいは日中に来て破落戸の捕獲に協力して地域の治安改善に貢献すべきだったかな?」
碧が周りを見回しながら言った。
「えぇ〜面倒でしょ。
まあ、なんだったら今日は久しぶりに威嚇じゃなくって睡眠の術を車に掛けて、どっかのバカが引っ掛かったら通報する?
明日は休みだからちょっとぐらい遅くなっても構わないし」
流石にもうそろそろこの車のヤバさをここら辺の破落戸も学んでいると思うけどね。
ある意味、2ヶ月半ぐらい撃退され続けても懲りないのだとしたら、馬鹿すぎて放置すべきじゃないかもだけど。
「う〜ん、そうだね。
ちょっとした籤引きだと思ってそうしようか。
馬鹿が引っ掛かったらここら辺の治安に貢献する、誰も引っ掛からなかったら問題なしって事で」
碧が頷き、振り返って車に術を掛ける。
この社用車ともこれでお別れかぁ。
霊障チェックの最終報告を出した後も、フォローアップの確認があるかもって事で1月末まで車を返さなくて良いって言われたんで今日の協会の依頼にも使わせて貰ったんだよねぇ。
駄目だったらタクシーを使って依頼の経費として請求したから、再開発事業者側としてはこのまま社用車を使わせる方が安上がりだっただろう。
「意外と車があるのも便利だよね。
そのうち社用車としてうちらも車を買う?
もしくはカーシェアの契約をするとか」
まあ、在学中は多くても週1程度しか仕事はしない予定だから、そう考えると車を買うのは無駄かな?
カーシェアだと長時間使うなら無駄とも聞いた気がするから、近場のレンタカーを使う方が良いんかもだけど。でも、どうしても追加でお金を払うと思うと不便でも電車とバスを使おうかって気になるんだよねぇ。
現実的な費用を計算すると購入料に車検料に自動車税や駐車場代が掛かる車の所有が一番高くつくだろうけど。
「う〜ん、どうだろうね?
退魔協会の仕事だったらレンタカー代を経費として請求できるから、請求出来ない車の固定費は勿体無いかも?」
碧が少し首を傾げて応じる。
なるほど。
それは無駄だ。
「ふむ。
じゃあ、退魔協会の仕事以外でちょろっと使うときはカーシェア、退魔協会の仕事はレンタカーが一番か」
「だね」
そんな事を話しながらマンションの中へ進み、エレベーターを呼び出す。
3階なんでうちのマンションだったら階段だけど、ここだとねぇ。
もしかしたら下層階だったら階段に落ちている鳥の糞が少なくってGやその他の虫もあまり居ないかもだが、確認したくない。
やはりここは遅くてギコギコ軋んでもエレベーター一択だ。
ギギギ〜。
相変わらず嫌な軋みを響かせながらエレベーターの扉が開く。
『待て、地震だ!!』
入ろうとした時、突然白龍さまが声を掛けてきた。
『緊急地震速報、緊急地震速報!・・・』
数秒後に、突然携帯電話から甲高い警報音が鳴り始めた。
げ!!
「取り敢えずエレベーターから離れよう!」
碧を引っ張って自転車置き場側の出口へ走る。
出来れば扉を開けておきたい。
地震でエレベーターに閉じ込められるのは白龍さまの警告のお陰で避けられたが、ドア枠が歪んでマンションそのものから出れなくなるなんて言うのは遠慮したい。
まあ、出られなくなったら地震で割れたふりをして正面入り口のガラスを叩き割るつもりだけど。
管理人室にあった椅子で何とかなると期待したい。
グラ!!
世界が揺れた。
「うわ!!」
慌てて壁に手をついてしゃがみ込む。
とは言え、体が投げ出されるような衝撃では無い。
緊急地震速報で焦ったけど、震度4か5程度かな?
ちょっと強い揺れだが、ちゃんと固定していない家具が倒れ掛かってくるとか、ボロい看板とかが落ちてくると言った位置に居なければ大丈夫そうな感じ。
このマンションのエレベーターが大丈夫かはちょっと疑問ではあるが。
暫し揺れが続き、やがて収まる。
「ふう。
ある意味、揺れ始めても緊急地震速報が無ければ大したことは無いって安心だから便利っちゃあ便利なんだけど、速報が実際に鳴ると心臓に悪いね〜」
同じく壁際でしゃがみ込んでいた碧が立ち上がりながら言った。
「本当!
さっきみたいにエレベーターに乗る直前だったら乗らないでいられるけど、既に乗っていた場合はどうにもならないし」
取り敢えず自転車置き場への扉が開くか試そうと、ドアノブをぐいっと捻って押してみる。
あの程度の揺れだったら金属製の扉とドア枠が歪むとは思わないんだけど、どうかなぁ〜と思っていたのだが・・・問題なく無事に開いた。
首を突き出して見たら自転車置き場の屋根がちょっと傾いている気がしないでもないが、通路に屋根から落ちたらしきゴミが新しく散乱しているだけで特に問題は無さそうだ。
「こっちは大丈夫そう」
「良かった。
そうなると問題は・・・あのエレベーター、点検なしで使っても大丈夫だと思う?」
エレベーターと非常階段の扉を見比べながら碧が尋ねる。
うっ。
ちょっと究極な選択かも。