符作成の心得:巻物解読が必須??
「じゃじゃ〜ん!
ウチの秘伝の書を持ってきたよ!」
週末が明け、符作成を教わろうとワクワクしながら碧のマンションに来たところ、リビングの壁の奥に何故かシーツが吊り下げられていた。
「・・・ありがと〜?」
どう反応して良いのか分からない。
「いざ!」
なんかやたらとテンションの高い碧がシーツをばっと取り去る。
後ろの壁に取り付けたっぽい広げた巻物が目に入った。
なんか凄く古そう、かつ立派そう。
更に。
「・・・達筆すぎて読めない」
筆を使って草書体で書かれたと思われる文字は、現代日本人の私には当然の如く解読できなかった。
解読出来ても、古文は苦手だからどちらにしても意味は分からなかった可能性が高いが。
なんか魔術って西洋的なイメージだったけど、『魔道具』ではなく『符』である時点で純日本風なのは想定すべきだった。
これって、もしもどっかの陰陽師のところに弟子入りしたら、古文や草書体の読み取りから勉強する必要があるの?!
草書体って絵みたいだから判別が苦手なんだけど。
慣れれば何とかなる・・・よね?
昔の人は習えば全員あれを読み書き出来たんだから、私だって頑張ればなんとかなる筈。
・・・画像認識ソフトか何かで翻訳出来ないかなぁ。
そんな事を考えていたら、碧がA3サイズの用紙を徐に取り出して目の前のローテーブルへ置いた。
「で、これがあれの現代版ね」
半ばパニックになっていた頭の中が落ち着いた。
「なんだぁ。
アレを読めるように古文から勉強のやり直しかと焦ったよ」
「まあ、平安時代から続くって話の当家に伝わる秘伝の書を読みたかったらマジであれと漢文ぐらい余裕で読めないと無理だけど、符を作る手引き書程度だったら親父が私に教える為に書き直したから大丈夫」
ニヤリと笑いながら手書きの薄い冊子を取り出して碧が言った。
「・・・もしかして碧って由緒ある神社の後継ぎ?」
兄や姉でなく碧の為に父親が書き直したと言うのは上が居ないという事ではないだろうか?
まあ、碧がどうしても草書体を覚えられなくて書き直しが必要になった可能性もあるが。
「宮司は基本的に男だからねぇ。
実家は弟が継ぐと思うよ。
私の子が弟の家に養子に入る可能性はありだけど」
肩を竦めながら碧が答えた。
天皇家の後継者問題と同じで、日本の神社も未だに時代を無視して頑なに男性優位なままらしい。
「なんか、碧にとっても弟さんにとっても微妙そうな状況だねぇ」
「うんにゃ?
弟は悪霊とか苦手だから退魔師なんて絶対に嫌って言っているし、私は面倒な氏子や総本社との付き合いをしないで適当に悪霊を倒して金を稼げば良いだけの方が気楽で良いし。
ウチらの世代はハッピーよん。
どちらにせよ、氏神さまって愛し子にストレスが掛かり過ぎると原因のウザい氏子とか奉行とか役人とかに天罰を下しちゃう事が多いから、少なくともウチの家系は他に跡取りできる人間が居ない時以外は基本的に白龍さまの巫は男だとしても家を継ぐような実務は免除されて、ふらふら気楽に悪霊退治をしてるんだ」
碧が呑気に答える。
おお〜。
確かにウザいからって氏子に天罰を下しまくると神社の経営が立ち行かなくなるし、奉行や役人を殺しちゃって国家権力に喧嘩を売るのも不味いだろう。
氏神さまの方が役人より立場が上と認められる可能性は高いかもだけど、それでも人の社会に存在するなら世俗的権威を完全無視する訳にもいくまい。
『あんまり当家に理不尽な事を言うと、ウチの巫が出てきますよ?』という脅し程度で済ませていくのが物事を丸く収めるコツだろう。
多分、歴史のある神社の宮司になりたい!と強く願うようなのは白龍さまのタイプじゃないんだろうし。
「で、こっちの心得なんだけど。現代風に言い換えると、
1. 安易に人を傷つける物を作るな。
2. 安易に作った符を人に渡すな。
3. 安易に符の文言を変えない。
4. 素材の見極めは丁寧に。
5. 常に技術の向上と理解の深化を目指すべし。
って意味だね。
もっと古臭い言い回しだけど」
現代版の心得を読み上げながら碧が言う。
「おぉ?
もしかして、あのオリジナル版も読めるの?」
「まあね〜。
白龍さまに馬鹿にされて、少なくともあれは解読出来るように頑張った!」
胸を張りながら碧が答える。
「・・・ちなみに、弟さんは古い草書体の巻物を解読できるの?
二人とも微妙だったら、次世代で知識がかなり失われない?
それともお父さんが死ぬまでに全部現代日本語に訳す予定?」
それこそスキャンして自動解読できるソフトでもあるんだったら適当に夏休みとかに一気に出来るかも知れないが、そうじゃないとしたら忙しい(と思われる)宮司の責務を果たしながら死ぬまでに平安時代からの資料を全部書き出し切れるのかね?
それとも古い家って言うのは先祖代々の読めない資料を後生大事に保存しておいて、たまに学者とかが来たら見せるだけで普段は誰も読めなくてOKなのかな?
「う〜ん、そこら辺は父親と彰と要相談かなぁ。
なんだったら全部スキャンして、どっかの学者にお金を払って研究を兼ねた翻訳作業を依頼しても良いかもだし」
碧がちょっと考えてから肩を竦めた。
平安時代からの資料(流石に千年前後前の紙が普通の蔵にそのまま残っているとは思えないから、時代ごとに書き写してきたのだろうが)なら研究のやり甲斐もありそうだ。
もっとも、退魔師の家系がどれも皆かなり古いんだったら、意外とそういう資料が大量にあるのかも知れないけど。
そう考えると、暇があったら草書体を読めるように勉強して、いつか昔の人が書いた資料を見せてもらうのも良いかも。
歴史ってある意味ロマンだよねぇ。