侵入。
取り敢えず時間を調整する為に近所のレストランで夕食を食べ、人通りが落ち着いた時間帯になったのでさりげなく虐待主《下浦美月》のマンションへ行く。
マンションのエレベーターには防犯カメラが付いているようだったが、特に怪しまれる様なことをする訳では無いので後から映像をチェックしたりしないと期待しよう。
つうか、こういう防犯カメラの映像って誰かがリアルタイムで見ているんかね?
このマンションの管理人は17時に帰った様だったが、夜中も非常ベルを押せば警備員が来るとエレベーターに貼られたシールには印刷されている。こういうエレベーターの映像って誰かが見ているのだろうか。
廊下に防犯カメラが無いのは確認してある。
高級なマンションだったら廊下にも防犯カメラが付いていて常時誰かが確認しているのかな?
オートロック程度ではそこまで防犯効果は無いと以前テレビでコメンテーターが言っていたが、防犯カメラの効果については言及していなかったなぁ。
各部屋、各フロアを防犯カメラで監視していたら人件費が大変だろうし、プライバシーの問題もあるからよっぽど金持ち用のマンション以外は廊下までの監視は無くって話題にする意味がないんかな?
金持ちは金持ちで部屋を出入りする人間を見られるのは嫌がりそうだし。
下手をすると情報誌とかに夜中に出入りする人の顔とか名前を売られたら困る人もいそうだ。
・・・そう考えると、廊下を常時防犯カメラで監視するマンションなんてないのかな?
それはさておき。
虐待主の部屋の前に来たら、そっとクルミの隠蔽バージョンを扉の内側に召喚する。
長距離で離れて召喚は出来ないが、扉の向こうぐらいなら簡単だ。
「このまま中の人間を昏倒させておいて」
『了解にゃ』
見られても後で記憶を消すつもりだが、下手に部屋に入ったところで顔を合わせて騒がれても面倒だ。
最初から意識を刈り取っておくのが正解だろう。
『完了にゃ!』
クルミから直ぐに返事が来る。
「準備完了」
低い声で碧に伝える。
「オッケー」
鞄の中の鍵かスマホを探す様な感じでガサゴソしていた碧がさっと何やら細い棒の様なものを取り出し、鍵穴に差し込んでクルクルっと回したと思ったら鍵が動く音がした。
「早いね〜」
10秒ぐらいだったんじゃない??
テレビでも、昔風なディスクタンブラー式の鍵はあっという間にピッキングできるから子供の悪戯や素人の空き巣を止める程度の効果しかないって言っていたけど、確かにちょっと練習した程度(だよね??)でこんなにあっさり入れるんじゃあ防犯効果は低そうだ。
・・・つうか、もっと防犯効果が高いディンプルキーとかだったらどうしたんだろ?
まあ、その場合は内側からクルミに鍵を開けさせればいいか。
鍵程度の小さな物だったら、多少は魔力を食うが動かす事は出来る。
そう考えると、私も泥棒稼業がいつでも出来る訳だな。
どうでも良い事を考えながら侵入した部屋の中はそこそこ殺風景だった。
引越しが多いせいか廊下には段ボールが積んであり、窓にはサイズの合ってない量販店の安売りっぽいカーテンが吊るしてある。
「これで良く良い家のお坊ちゃんを引っ掛けられたね。
家には呼んでないのかな?」
周りを見回して碧がコメントする。
「出来ちゃった婚狙いで『婚前交渉無し』は無理だろうし・・・狭いって事で断っていたんかね?」
台所もなく、単に部屋の隅にコンロとシンクが一つあるだけ。
ゴミ箱に突っ込んであるコンビニ弁当の残骸を見るに、自炊もしてなさそうだから料理で男の胃を掴むタイプでは無いっぽい。
ベッドとローテーブルしか無い狭い部屋はなんとも微妙だった。
「あの再開発マンションに部屋より大分と狭いね。
訴えられて転々と引っ越しているから経済的に苦しいのかな?」
「つうか、あのマンションは建物全体が事故物件が多いことで有名だったらしいから、サイズの割に安かったんじゃない?
本人が既に霊障付きだから事故物件を狙っても大丈夫だろうけど、手頃なのが都合良く見つからなかったんかも」
碧がローテーブルの上の郵便物をそっと指で動かして確認しながら指摘する。
ちなみに手にはめているのは100円ショップで買った掃除用の薄いビニール手袋だ。
「さて。
妊娠しないようにして、ペット全般へのアレルギー反応も埋め込んでおくね」
碧が虐待主の肩に触れながら言う。
「うん。
私は一応記憶を確認してどっかに死体とかを埋めてないかをチェックしてから、これからは会話でうっかり本音をちょくちょく漏らす様にしとく」
流石に全く嘘をつけなくしたら怪しいので、嘘をついていてもうっかりポロっと本当の事を漏らす程度にしよう。
そこら辺の匙加減が難しいかもだが。色々と悪事をやっているっぽいのでうっかりな失言が少なめになっても周囲に本性をバラすのに十分役立つだろう。