そりゃあ、汚れるよねぇ。
「取り敢えず過去15年分しか情報が手に入りませんでしたが。あの601号室に住んでいた女性はこの人たちです」
『猫達と遊びませんか』と青木氏に誘われて来たオフィスで、何枚かの写真を見せられた。
・・・考えてみたら、どうして写真があるんだろ?
持ち主にせよ、借主にせよ、マンションの管理会社とか賃貸を仲介した不動産屋に顔写真付きの書類を出す必要は無いだろうに。
犬が情報源なので名前では無く顔しか分かっていなかったので、考えてみたら住人の個人情報が分かってもあの虐待主の特定は難しかったんじゃないかと写真を前に思い当たったんだけど。
何か不動産屋にも裏の情報ネットワークでもあるんかね?
まあ、それはとにかく。
出された写真を見ていき、3枚目で手が止まる。
「ああ、この人ですね」
犬の視点からの姿だから写真とちょっと違うが、加虐心に歪んでいない飼い始めた頃の普通の表情の薄っすらとした記憶が目の前の写真と一致する。
写真を確認して青木氏が彼女の詳細を記した紙を渡してくれた。
「5年前ですか・・・。
興信所でも雇えば、今どこにいるか見つけ出せますかね?」
考えてみたら入居時に書き込んだであろう名前や生年月日はまだしも、既に退去した住民の現在所在地を不動産屋が追跡調査していたらそれはそれで怖い。
せいぜい、緊急時の連絡先になった人が今でも連絡できる状況でその人から聞き出せるかも、と言うところだろうか。
「ああ、大丈夫です。
この女性は退去時に粗大ゴミの撤去や部屋の回復費を踏み倒して逃げたんで、管理会社が持ち主に代わって訴訟中なのでどこに居るか今も把握しています」
あっさり青木氏が答えた。
マジ?
訴訟??
「部屋の原状回復費って最近はあまり家主も強く請求出来なくなったって聞きますし、粗大ゴミの破棄費用なんて弁護士費用に比べたら微々たるものなんじゃないんですか?」
碧が尋ねる。
「まあ、粗大ゴミの撤去費用はそれ程ではないにしても、あの部屋の原状回復費は馬鹿にならなかったでしょう。
一体何をやったらこんな事になるのかと管理会社の人間も思ったらしいですよ」
訴訟用の退去直後の部屋の写真とやらを青木氏が見せてくれた。
直前まで、人が住んでいたなんて信じられない。
犬が壁紙を引っ掻きまくったのか、どこもかしこもボロボロな壁。
それがあちこち赤黒くべったり汚れている。
更に、特に壁の汚れが酷かった洋室の床は焦げ目がついているし。
「これってそれこそ誰かが殺されたのかもって思わなかったんですか??」
まるで古い殺人現場だと言われても不思議では無さそうな惨状だ。
青木氏が顔を顰めた。
「一応伝手を使って壁の汚れが人間の血ではない事は確認したって言っていましたが・・・犬のものだったんですね。
ペット不可の賃貸契約でしたし、明らかに普通の日常利用による汚れではないです。壁紙と床板の交換が必要で100万円以上掛かったらしいので流石に踏み倒すのは見逃せないと賃借人を追跡して訴訟を起こしているんですが、ほぼ毎年引越しているらしくてその度に転居先を見つけて配達証明で裁判関連の通達を送ってと中々苦労しているらしいですね」
つうか、そんだけ苦労したら弁護士費用に興信所の費用諸々で足が出るんじゃないかね?
勝訴したら経費も請求できるのかもだが、相手にそんなのを払う金があるんだろうか。
毎年引越すのも金がかかるし、しょっちゅう裁判所とのやり取りがあるんだったらまともな正社員として働くのは難しそうだが。
それとも、正社員だったら民事訴訟程度の事だったらそれとなく退職を促せても本人が拒否したら解雇は出来ないのかな?
「取り敢えず、どこにいるのか分かったのは幸いですね。
明日にでも行って、まずはまだ誰も殺していないかを確認します」
あの部屋を出てからずっと管理会社とやり合っているんだったら、出来ちゃった婚狙いの妊娠・出産をする暇も無いかも?
ある意味ラッキーだったね。