酷すぎる!
「これは酷い」
6階まで確認作業が進み、もうすぐ中階層の霊障チェックが終わりだね〜と話していた私たちがエレベーターを降りて1号室の扉を開けた途端、碧がバタンと扉を閉めてがっくりとしゃがみ込んだ。
「どうしたの?!」
今までにもそこそこ酷い悪霊の姿を見てきた碧と私である。
ちょっとやそっとの惨状なら大丈夫な筈だが・・・もしかして何か生き物が死んでGでも大量に湧いているのか?!
「犬が・・・」
碧が何とも言えない表情で扉を指す。
うん??
犬が中で死んでいるのかな?
鼠ならまだしも、犬サイズの生き物が迷い込むで死ぬなんて珍しい。
ベランダへの窓が空いていたのかな?6階ならベランダでも迷い込むのは難しいと思うが。
取り敢えず、廊下でぐちぐち言っていてもどうしようも無い。
場合によっては青木氏に処分を頼もうと思いつつ扉を開けたら、犬の悪霊が居た。
「うわ!」
飛び掛かって来たのを慌てて魔力で押し返す。
犬や猫は刹那的で滅多に悪霊化しないのだが・・・どうやらここの犬は飼い主のストレス発散の為にかなり酷く長期に渡って虐待されたらしい。
両目は抉られ、身体は皮と骨ばかり、しかもあちこちの皮膚が焼け爛れている上に前足が一本途中で切れている。
一体どうやったら飼い犬の足が切れるのよ?!
犬が本気で襲い掛かったら、小型犬でも人間を噛み殺せるって聞いたよ??
中型犬サイズのこの犬はなんだって大人しくここまで虐待されたんだか。
檻にでも閉じ込められたまま餌も殆どやらずに弱らせて虐めていたのだろうか?
「ちょっとこれは今すぐ除霊してあげよう」
出来れば碧が優しく昇天させてあげると良いんじゃないかな。
これだけ酷い目にあったら来世でも人間嫌いになりそうだが、せめて最後の瞬間だけは優しく送り出してあげたい。
「そうだね。
ちなみに、この犬はちゃんとこんな酷い事をした飼い主に報復出来たのかな?」
溜め息を吐きながら立ち上がった碧が尋ねる。
「ちょっと確認するから部屋の他の部分の確認をお願い」
出来るだけそっと犬の悪霊に触れて、記憶と穢れを確認する。
う〜ん、悪霊化したけど誰かを殺すのには成功していないみたいから、飼い主もさっさと逃げたかな?
地縛霊化しちゃったせいで引越した虐待主を追えなかったっぽい。
虐待主の特徴を確認していると、ついでに虐待の詳細も視えてしまった。
痛みを感じる生き物をこんなに痛みつけられるなんて、異常だ。
記憶によるとごく普通な見た目の女なのが怖い過ぎる。
「犯人を見つけられたら君の無念をじっくり叩き込んであげるからね。
ちょっと失礼」
声を掛けつつ、虐待された記憶と苦しみを悪霊から写しとる。
かなり苦しみが溢れ出てこちらにも痛みがきたが、しょうがない。
「虐待主の詳細も確認したから、興信所にでもこのマンションの持ち主を調べさせてしっかり落とし前をつけてもらおう。
取り敢えずはこの世界から解放してあげて?」
しっかり必要な情報を貰ってから、一歩下がって戻ってきた碧に頼む。
「分かった」
本来なら退魔協会へ依頼を出させて除霊するべきなんだろうけど、こんな酷い状態の犬の霊をそのままにするのは忍び難い。
猫ほどでは無いが、犬だって可愛い存在なのだ。
こんな苦しい状態を放置するなんて、数日のことでも我慢できない。
「来世はもっと楽しいといいね」
優しく言い聞かせて碧が祝詞を唱える。
ふわっと光が広がり、それに迎えられたかの様に犬の霊が消えていった。
『他にも霊がいないか確認して頂戴』
除霊が終わるまで待ってから、クルミを収納から出して再確認を頼む。
使い魔化してあるからよっぽど力を込めない限り碧の祝詞でクルミが昇天しちゃうことはないと思うが、力を飛ばされちゃう可能性は高いので待っていたのだ。
『了解にゃ』
犬の悪霊の姿に精神的にショックを受けたのか、部屋の真ん中でしゃがみ込んでクルミのチェック終了を待ちながら碧が頭を抱え込んだ。
「田舎の森の中にある敷地で、虐待紛いに小さなケージの中へペットショップから引き取った大量の売れ残った犬を閉じ込めて碌に世話をしない業者が居るって以前ニュースで見たことがあったけど、こんなマンションでも犬を虐待出来るんだね。
吠えなかったのかなぁ?」
「鳴き声が煩いって塩酸入りの洗浄剤か何かを飲ませて喉を潰したのが虐待の始まりだったみたい」
悪霊の記憶から読み取った情報を教える。
「なにそれ?!」
思わず憤慨した碧が立ち上がった。
「女性の一人暮らしだから安全の為にって飼ってみたら思うように言う事を聞かせられなくって苛ついて、死んでも良いと思って黙らせる為に喉を潰そうと洗浄剤を飲ませたら死ななかったもんだから虐待がエスカレートしていったみたい」
以前のG物件で水島さんを殺したあの男も多数の動物を痛めつけて殺していたが、ある意味あいつは最初から頭がおかしかった。
どうもここで犬を虐待した女性はまともそうで普通に可愛がるつもりで子犬を買ったのに、思うようにいかないと虐待する隠れ精神異常者だったらしい。
「なんかさぁ、犬を買ったくせにちゃんと躾けずに捨てたり保健所に押し付けたりする人も許し難いと思うけど、虐待して死ぬまで拷問しまくるなんて異常すぎる。
もしも子供を産んだりしたら、絶対将来虐待しまくって死なせるような人になるんじゃない?」
碧が溜め息を吐きながら言った。
「だろうねぇ。
なんかこう、動物に近づけない様な結界を付与出来ないか、研究してみようかな・・・」
妊娠しない様にするのは碧に協力して貰えれば可能だろうが、ペットショップでペットを買ったりシェルターから保護された動物を引き取ったりするのは止められない。
なんとか出来ないか、考えてみないと。